『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』


 顔見知りの食事処は琳華と大荷物を背負った侍女の梢の姿を見るとすぐに奥の小上がりになっている見晴らしの良い東屋風の特等席へと二人を案内する。そこならば荷物を下ろして傍らに置いてあってもひったくられる心配はない。

 「小梢、今日は疲れたでしょう」
 「とんでもありません!!お嬢様の為ならば私はなんでも致しますから」
 「小梢がいてくれるからわたくしも心強い」
 「えへへ」

 こうと決めれば言って聞かないような父親からの仮の入宮の提案。いつもなら「嫌です」のひと言で断りもしたが今回ばかりは利害が一致していた。
 そのついで、ではないがこの大波に乗じて侍女の梢にも今より良い物を着せられることに琳華は気がついた。ちなみに先ほど琳華は自分の新しい羽織と一緒に梢の為にも一枚、父親には内緒で新品の羽織を買った。あとは自分の綺麗な状態のお下がりを与えれば粗方、支度も終わる。
 世の中には侍女に酷い仕打ちをするような女主人もいる。それは確かな事で、琳華はそんな光景を何度も目の当たりにして……込み上げる言葉を飲み込んできた。

 だから自分は、世間から見えない場所でも梢を大切に扱う。
 梢とて侍女になりたくてなったわけではない。自分がもし、彼女の立場だったら。酷い行いにはいつか罰が巡って来る。琳華はそう考えていた。
 頼んだお茶や甘味をつつきながら琳華は吹き込む爽やかな風に誘われて賑やかな街並みを見渡す。

 (暫くはこの景色ともお別れね……街中は常に騒がしいけれど生命力がある、って言うのかしら)

 宮殿のある都市部の治安はかなり良い、と言うか住んでいる者の階級すら違う。ここは昔ながらの高位の貴族たちのみならず一代で上級官僚となった者やその配偶者が住まう都の一等地。盛んに商いが行われ、旅人も多く寄る一番の商業地。宮殿直下の重要拠点である為に衛兵も多く巡回してくれている。

 「お嬢様、少しの間とは言えこの賑やかな光景から離れるのは寂しくなりますね」
 「私も今、小梢と同じ事を考えていたわ」
 「本当ですか?!」

 しかしこれは琳華にとっては良い巡り合わせだった。この機会を逃したら次は無いような――上手くいけば自分も親兄弟と同じように官僚になれるかもしれないのだ。
 利発な長兄は武官に、冷静で頭の良い次兄は文官に。凛々しい兄たちの装束姿に憧れた。もし後宮に入れたら梢には自分が勤めている間にそのまま屋敷の面倒を見て貰うか、それとも一緒に後宮で働けるようにするか。

 上級貴族の娘の琳華にはいくらでも選択肢がある。
 けれどそれはとても贅沢で、甘い考えなのだと分かっていた。

 「小梢、今夜また父上と話をすると思う」
 「承知いたしました」
 「もしかするとあなたも呼ぶかもしれないから頭の隅にでも入れておいて」
 「はい、お嬢様」

 あわよくば仕事を……と、周家の教えの通りにするならば甘い考えだろうと思いついたのだから工夫をして『使える手』として使うのだ。そして自分が大切に思う人の、梢のか細い手を引く覚悟もそれと同時に持たなければならない。
 今は美味しそうに甘味を頬張る可愛らしい梢に琳華は目を細める。

 (小梢はわたくしにとって妹のような存在)

 兄たちと駆け回っていた日々にやってきた小さく細い女の子。今日から使用人として一緒に暮らすのだと父親に紹介されてもう何年経っただろう。

 「父上も把握しているお役目とは言え、あなたを危ない目に巻き込んでしまわないようにわたくしも気を付けるけれど」

 もし、自分が行き過ぎた事をしでかしそうになったら引き留めて欲しい。そう伝える琳華に梢は少し考えてから「もちろんです」と深く頷く。

 「なんだか懐かしいわね。父上のお酒をわたくしがちょろまかし、二人でこっそりと誓いの盃を交わした日のことを思い出すわ」

 覚えてる?と言う琳華は手にしている茶杯(ちゃはい)に視線を落とす。盃が無いから、と普段お茶を飲むために使っている小さな白い杯で一杯のお酒を飲み交わした。

 「私とお嬢様の破れぬ誓い、ですね」
 「ええ。わたくしは小梢に責任を持つ。だから」
 「私はお嬢様をお慕いし、守ると」

 周家にやって来てからの梢は琳華の遊びに付き合っている内に武術紛いの事もすっかり覚えてしまった。
 一応、梢も琳華と一緒に長兄から直に武術を教わっているので基礎は出来ているのだが如何せん、華奢だった。今でも背格好では子供と間違えられることもある。
 そんな梢は小柄な体に合うよう自分で体の捌き方を改良をし「この喧嘩殺法はその辺のゴロツキだって引き倒せるんですから」と胸を張っていた事も過去にある。
 今でこそ琳華と梢は淑女として大人しいガワを見せているが内側はとても、熱い心を持っていた。

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