『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
「ふむ……」
ぼそ、と呻いた偉明に「どうかなさいましたか?」と雁風は問いかけるが横に小さく首を振られるだけ。
「宗駿様もそろそろ痺れを切らす頃合いだな、と」
「今日一日、他の者に任せましたがやはり隊長の方がお話ししやすいでしょうし」
「ああ。有難く、尊いことなのだがな。些か悪戯心をお持ちゆえ」
親衛隊の兵に紛れて秀女を見に行きたいと言われた時は頭を抱えたが世は変わってきている。事の全貌は知らせていないが親衛隊や兵部の一部の官僚が裏で動いていること自体は皇子自身、薄らと勘付いている様子。それにどうやら周琳華を正室や側室候補としてではなく、人として気に入ったようだった。
兵に紛れたあと、薄絹越しでの謁見の場が早々に組まれたのも実のところ琳華に興味があったからだと白状された。
周琳華ならばきっと良き女官になれる、と。
事務仕事を進める為に細筆を握る偉明は目の前の広い卓の方で仕分け作業を始めた雁風に再び話し掛ける。
「なあ雁風、ご息女はどのような色を好むのだろうか」
「は……え、えええ?!い、今なんとおっしゃって」
「白の組紐をいたく気に入っていたようだが」
違う、きっとそうじゃない。
口からぽんっと出そうになった言葉を何とか飲みこんだ雁風は「なんにせよ、贈り物と言うのは女人にとって嬉しい物なのではないでしょうか」と言う。大きな体、武骨な見た目のわりにそう言う所は偉明と違ってしっかりとしている雁風は「純粋に彼女は嬉しかったのではないか」と本当は言いたかった。
勝手知った仲なので言っても問題はないのだが偉明は女性が喜ぶであろう上っ面だけの言葉や振る舞いを書物や周りの人間から複製しているだけで本人の意思はあくまでも“宗駿様の為”である。
そこにそれ以上の他意はないはずであった。
しかし雁風は見ているのだ。琳華と接する時の偉明のいつもと違う表情を。眉尻を落としたり、笑ったり、目が笑っていないいつもの表向きの顔とは全然違っていた。そして今も不思議そうな顔をして――周琳華の事を考えている。
渡した組紐も彼女が好むかどうかを彼が自然に考え、細工の意匠を決めたのだ。
子供の時から武芸と皇子の為に生きて来たような男が、だ。
世を渡る為だけの口八丁手八丁ではない振る舞いを見せるなど。皇子や自分たち以外では絶対に見せなかったことを今、している。
それに皇子も周琳華の人となりについて確かな興味を抱いている。彼女は人を惹きつける何かを心の内に秘めているのではないだろうか。
偉明と共に宮殿に勤めるようになった雁風も色々な人物を自分の目で見て来た。厳しい鍛錬の末に人がそれぞれに纏う覇気のような物も感じられるようになり……周琳華は確かに、他の女性とは少し違う。
綺麗な面立ちだけでも人目を惹くだろうがその心を知ればきっと皆に好かれる。
「隊長、琳華殿は貴族の幼い子女向けに家庭教師をされていたようですが……今回のお役目、相当良き案だと俺は思います」
周琳華に誰も有無を言わせぬ通行手形を持たせ、自らを含めた男性兵士との接近も許可するよう秀女たちを管理する女官たち、さらにその上の方に進言したのは偉明だった。いつものその口八丁で「私自身、宗駿様にご報告を申し上げやすい。それに私は女官たちとのやり取りも慣れておりますので秀女の方への対応についても」ともっともらしい事をあれこれ述べ、琳華に組紐を持たせる事について見事、承認を得た。
たとえ彼女が何かを探る為に後宮内をうろついていてもそれこそ“もっともらしい事”さえ述べられれば誰も彼女が嘘をついて歩き回っていることなど分からない。
琳華も頭が回るので咄嗟の言葉など造作もない筈、と踏んでのこと。
それに彼女と侍女を後宮内でより自由に動かす為にはこれしか術が思いつかなかった。
この件に関して許可を出したのも彼女の父親の息が掛かった者。
事の次第を知っているのは上層部かつごく一部の者のみ。秀女として娘を別枠で無理やり押し込んだのは単なる周家の利権についてかと周囲には思われていた。
その実は王朝の安泰の為、皇子の為だなど、多くの者は知りえない。