『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
第8話 良き友人
偉明が立ち去った後も琳華は暫く椅子に座り、彼の長羽織を膝に掛けたままでいた。
物事が大きく動いてしまい、少しついていけない部分がある。
目蓋を閉じ、深呼吸をして考えを整理するとまず……伯家、丹辰の父親は高級官僚であり、商売人でもあった。
そして現在では禁制品となっている良くない薬効のある粉末香を他国から取り寄せ、裏で取引をしていた。その客の中に劉家に関わる者がいて、そして劉愛霖は父親の血は引いているが正妻の子ではない。
禁制の粉末香についてはたまたま親衛隊、偉明付きの雁風がその匂いを知っていて……しかし、先に動いたのは伯家の方。秀女たちが一人ずつ、皇子との謁見の為に呼ばれている間に寄宿楼の抜き打ち検査が入った。
宮殿に勤める医官や医女の一部はその匂いが分かるだろう。
雁風も実物の匂いを知っているくらいだ。知る者が嗅ぎ、調査をすれば他の無害な粉末香に禁制品が混ぜ込まれているのも分かるのかもしれない。
ただ、大元の匂いが分からなければいくら入宮の際の持ち込み品の検査もすり抜けてしまう筈。香は貴族の女性の嗜みの一つとして何事も無く、それこそ刺繍の針や金属の簪同様に多少の危険性はあっても都度、申請をすれば持ち込みは難しくない。
(では、丹辰様のお家はわざわざ危険と分かっていながら情報を流して何をなさるおつもりで……こんなの、わたくしのチャチな推測でしかないけれど今回の件と禁制品の扱いを天秤に掛けて自らの家の罪を帳消しに……)
うう、と考え込んでしまう琳華は膝に乗せっぱなしだった偉明の羽織にハッとして慌てて皺にならない程度に畳む。
(なぜ、偉明様の羽織にこんな恥ずかしいような、苦しいような気持ちに……父上や兄上たちの着物だって小梢と一緒に洗濯をしたりするのに)
殿方の衣類に全く触れたことが無い訳ではないのだが、こんな事態の最中だと言うのに妙に意識してしまうのはなぜなのか。
いくら仕事着、官給品の濃紺の衣裳の上から羽織っているとは言え、手触りはとても滑らかだった。
「どう、なるんだろう……」
愛霖の事もあるが、今はこの状況と――父親が何をしでかしているのかが気になる。
それにあの愛霖にもし、悪意があったなら。
(わたくしは彼女のそばにいながらそれを見抜けなかった。大口をたたいて自尊心につけ上がって、なんて恥ずかしい。秀女たるもの、って……言ってたの、に)
梢もいない、狭い部屋でひとりぼっち。
寝台の上に偉明の羽織を置いた琳華は椅子に座ったまま俯いて目を閉じる。
今さら横になったって眠れないし、もしかしたら夜中の内に移動するかもしれない。
深く息を吸うと、埃っぽい。
今は情報が欲しい。でもそれを得たとして、力の無い自分に何ができるのか。考えれば考えるほど、胸を張って後宮の地に立っていた筈の琳華は小さくなってしまっていた。
・・・
「琳華!!お父さんが来たぞ!!」
大きな足音と声が部屋に響いたのは夜が明ける前のことだった。
ずっと小さくなって座っていたせいで体は固まってしまっていた。反応はできたが咄嗟に動けなくなっていた琳華の目の前には父親が……明らかにガラの悪い部下を引き連れ、そして武官である長兄も連れて迎えに来てくれたようだった。長兄からの言葉により次兄の方は梢を迎えに行ってくれているとの事で、周家の至宝たる琳華は薄暗く埃っぽい部屋から出ることになり――その行き先は寄宿楼ではなかった。