『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』


 「雁風は鼻が利く」
 「お鼻……が?」
 「ある日を境にご息女から、そして侍女から同じ独特な匂いを感じ取っていた」
 「それって、まさか」
 「使用が禁止されている粉末香の匂いだ。雁風は都の商人の子であり、ガキ大将だった。悪い者を蹴散らす果敢な男だが、それだけ危険な現場も目にしている。それが嫌で俺が内宮の警備兵への志願を勧めたのだが」

 偉明が一人称を変える。
 丁寧な言葉遣いの端々が琳華の前でほころんだのはこれで二度目。

 「アレは人を惑わす薬効がある」
 「そんな……それを、愛霖様がわたくしに、なんて」
 「もちろん皇帝陛下が治められているこの地では“禁制品”だ。しかし一部の国ではまだ生産が規制されていない為によく密輸されている。特に妓楼周り……」

 伯家が密輸した粉末香が劉家の下男に流れていた、と言う丹辰の言葉。
 そんな裏取り引きにはお金が必要だ。侍女を連れて来ることが出来ない下級貴族の家の下男など稼ぎが良い訳もない。下男は遣いとして出向いただけで、他にお金を出した人物がいる。

 「偉明様、わたくし……丹辰様から告白を受けていたのです」
 「内容は」
 「伯家の方が禁制品の粉末香の取り引き現場で劉家の下男の方を見た、と」

 悲痛な琳華の表情に偉明も天井を仰ぎ見ると瞼を閉じて深く息を吸い、呼吸を整える。それは琳華も父親から教わった呼吸法。乱れた心を整えるおまじないだと思っていたが偉明も実践しているようだ。

 「まだ誰にも言っていないな?」
 「はい。わたくしが拘束される間際に二人きりになった時に丹辰様が」
 「宗駿様との謁見の名簿の作成に不自然な点は無かったのだがそうか、伯家は俺たちが思っているほどの醜悪さは……まあ抜かりのない家として警戒はするが」

 自己完結をしてしまっている偉明の視線がまた琳華に移る。

 「ご息女、寒くはないか」
 「えっ」
 「女人は体を冷やしてはならんと」

 突然、どこかで耳が痛くなるくらい聞いた話を偉明が語り、寝台から立つと長羽織を脱いでしまった。

 「これは官給品ではない私物だ。茶をこぼして汚しても構わん」
 「そ、そんな」

 枕を抱いて両手がふさがっていた細い膝に濃紺の羽織が掛かり……琳華の頬は真っ赤になってしまった。こんなこと、誰からもされた経験がない。逆に疲れて眠ってしまった梢に自分の羽織を掛けてあげたくらいしか経験はない。

 「ああ、それと……」

 まだ何か、と赤い頬の琳華は偉明を見上げる。

 「いくら東宮から近いとは言え押し込めた非礼と慰労を、と思ったのだが……また後日にしよう」
 「え、えっ」
 「誤解はすぐに解けるだろう。何より今ごろ周先生がガラの悪い連中(部下)を大量に引き連れてしかるべき部署へカチコミに行っている。一人娘にアヤをつけようなんざ……ふっ、当の本人はしっかり夕飯の膳を平らげて……っくく」

 空っぽになっている膳を見ておかしそうに笑っている偉明に琳華はついに涙ぐんでしまう。
 そんなに笑わなくたって、の気持ちと……本当は怖かった気持ちが涙の粒になってしまいそうになる。

 「だって、ちちうえ、が……っ、小さなときから、腹が減っては」
 「戦は出来ぬ、だろう?」

 いつしか琳華の言葉もいつもより少し幼くなっていた。梢と話をする時と同じような、気を許した相手にしか見せない姿がそこにはあった。

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