東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
おまけ
バレンタインデー当日、ノーザンは休日。
その日、ノーザンヴィレッジにある香月家では──……
燕は笹に、前日に山葵と作ったウィスキーボンボンを朝食後に手渡していた。
丁寧にラッピングされたそれを、嬉しそうに受け取り、ウキウキしながら彼女の目の前で開封しようとする笹。
燕はそんな笹に背を向け、彼のコーヒーを淹れ直し、自分は山葵から譲られたルイボスティーを淹れる。
「嬉しいなぁ、今年も手作りですか!?」
「う、うん……昨日わさびちゃんと一緒に作ったの」
「えっ?! わさびちゃんと?! ……大丈夫ですか? 箱開けたら空っぽとかじゃないですよね───……え?」
背後から聞こえる開封しながらの笹の言葉に、燕は心臓が飛び出しそうなほどに内心緊張していた。
「……え?」
笹はチョコが入っている箱を開け、疑問符のついた言葉を口にする。
それもそのはず。燕はチョコの箱をマトリョーシカ状態にし、チョコの上にあるものを仕込んだのだ。
「昨日の時点ではまだ、わさびちゃんの予想というかそれだけでしかなかったんだけど……今朝、健二さんが妊娠検査薬を買って届けてくれてね……」
「……え?」
くっきりと濃い線の表示された妊娠検査薬を写したチョキの写真だった。
「え?」
先程から“え”しか言葉を発しない笹に、燕はほんの少し不安になる。
「───笹くんと私の赤ちゃん、デキたみたい……驚いてるのはわかるけど、“え”以外、何か他に言って?」
「ささくんとつばめさんのあかちゃん?」
「そう。笹くんは貴方ね」
「俺と、つばめさんの、赤ちゃん? デキた? 俺じゃなくて、つばめさんのお腹の中に?」
「うん。笹くんのお腹に赤ちゃんはデキないからね」
「……」
先程から、笹の瞬きの回数が尋常じゃない。燕はなんだかおかしくなり、つい笑ってしまった。
「ふっ……あはははっ───そんな、外国のお人形みたいなくりくりの目でパチパチして……可愛いパパだね」
「……パパ? 俺、のこと?」
「そう、このまま何事もなく順調に育って、無事に生まれてくれたら、笹くんがパパ。私はママ」
燕は笹の手を取り、まだ平らな自分の腹部にそっと引き寄せ触れさせた。
心なしか、笹の手は震えている。
山葵に告げられた直後の、昨日の自分のようだ───と、燕は胸が熱くなった。
「そ、んな……奇跡みたいなこと、現実に起きるんですか?」
「そうだね。お腹の中の赤ちゃんが生まれてくることは、奇跡だよ……一緒に祈ってね」
「……ああ、俺、まだ寝てるんですね。夢見てるんですね───……覚めなきゃいいのにな……でも、つばめさんとの新婚生活ももう少し堪能しても良かったかもしれませんけどね」
夢だと考えた笹は、急に饒舌になった。
燕は再び笑う。
「笹くん」
笹の頬を両手でつまみ、左右に引っ張る燕。
「いらいれす(痛いです)……」
「つまり?」
「……ゆめらない(夢じゃない)?」
「そう、夢じゃないよ。夢みたいに私は嬉しいけど、夢じゃないの。一緒に喜んでくれると嬉しいな」
「───っつ、つばめさぁぁぁぁぁん!」
笹は涙を浮かべ、燕を抱き締めた。力強く、それでいて優しく彼女を包み込むように。
「つばめさん! ───ありがとうございます! ありがとうございます! 俺、自分をほめてやりたいです! 紀糸さんと一緒に健康生活送っててよかったぁ! 何よりも、つばめさんが嬉しそうで俺も嬉しいです! 仕事命っみたいだったから、妊娠なんて困る、なんて言われるかと思っていました!」
「……」
笹の言葉に、燕は血の気が引く。
「……そう、だった……そうだよ……そうだっ! どうしよう! 仕事! どうしよう笹くん! 私っ!」
驚きと嬉しさのあまり、珍しく仕事の事を失念していた燕。
始まったばかりだというのに、妊娠出産など山葵に申し訳が立たないと、様々な事を考え、心拍数が急上昇する。
「落ち着いてください、つばめさん。大丈夫です。俺の母は言ってました───俺を妊娠中もバリバリ仕事してたって───……できれば、仕事なんてせずにゆったり過ごしてて欲しいですが、つばめさんには無理ですよね。なので、俺も出来る限りサポートしますから、無理ない範囲で仕事しましょう。わさびちゃんも絶対にそれでいいと言うはずですから」
笹の落ち着いたその言葉に、燕も少し落ち着きを取り戻す。
言われてみれば、そもそも山葵が妊娠を教えてくれたのだ。彼女は燕の妊娠を咎めることもなく、温かく手を握ってくれた。
「そう、だね……わさびちゃんも妊娠したの。だから───……」
きっと、仕事については山葵も相談にのってくれるはず、と言おうとしたのだが……
「え?! わさびちゃんも?! ぇぇぇぇぇぇえええ?! 俺と紀糸さん、同級生のパパ?! 運動会どうしよう! あの人に勝てる気がしない……くそっ今から鍛えなおさないと……」
気の早すぎる笹だった。
───おしまい〃


