東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「うぇっお酒臭いです」
「わさびちゃんはウィスキー苦手だった? 東雲くんは大丈夫でしょ?」
燕の問いに、黙って見守る姿勢を貫く紀糸は、無言で頷く。
「せっかくのチョコに、お酒を入れるんですか?」
「そう。それが、ウィスキーボンボン」
ウィスキーボンボンとは、洋酒(主にウィスキー)を中に閉じ込めたチョコレート菓子のことだ。日本では冬季限定で販売されることも多く、ちょっと大人向けの贅沢なお菓子として親しまれている。酒が好きな燕は、好んで食べるチョコの一つだった。
「お酒をいれたら、わさびもつばめさんも味見が出来ません」
「私はウィスキー好きだから大丈夫だよ。わさびちゃんは外のチョコだけ食べる?」
「駄目です、つばめさんもお酒飲んだらいけません」
「……え? どうして?」
山葵のその謎の言葉に、その場にいた紀糸と健二も手を止めて注目する。
「つばめさんのお腹の中にも、わさびと一緒で有精卵があるからです」
そして、十秒間ほど、静寂が訪れた。
紀「───?!」
燕「……?」
健「───!!」
「わ、わ、わ、わさびちゃん! それってまさか?! ヤダっ、私、とんでもない場に居合わせたんじゃない?! こうしちゃいられないけど、さすがに、誰にも言えないわ!」
健二が興奮気味に喋りだし、紀糸は目を見開いたまま固まっている。
燕は───……
「わさびちゃん、どういう……意味?」
一番冷静に、まともな事を口にした。
尋ねられた山葵は、迷わず答える。
「つばめさんとわさびのお腹の中には、赤ちゃんの入った卵があります。間違いありません。わさびの見立てでは、おそらく年末に仕込んだ時の種が芽吹いたようです。わさびは一月の生理が来ませんでした。今もまだ来ていません。わさびは毎回一日のズレもなく来るタイプです」
「あ……っ」
燕は自分の生理周期を考えていた。山葵のようにピタリとはいわずとも、燕もさほど大きなズレはなく生理が来ていた。
結婚式の少し前から、笹の願いを聞き入れ、ピルの服用は止めている。
「私……も、遅れてる、かもしれない……」
燕の声と手が震えている。そして、彼女は自分で自分の震える片手を掴むも、両手が震えているため、治まる様子はない。
山葵は無言で燕のその震える両手を自分の手の中にギュッと包みこんだ。
「つばめさん、笹くんへは自分でどうぞ」
「あ……そ、そっか、笹くん……」
こんなにも動揺する燕も珍しい、と山葵はニヤける。燕は常にどこか余裕がある、大人の女性に見えていた。今の彼女には、余裕の余の字すらない。
「紀糸、そうゆう事です。雪が落ち着いたらわさびはつばめさんとお医者さんに行かねばなりません」
「……」
「紀糸、しっかりして下さい」
「……」
「ハァ……父になるというのに、出だしからポンコツで困りますね」
「───っ! ポンコツとはなんだ!」
ようやく紀糸の脳が状況を判断したのか、彼はまばたきを再開すると同時に、その口から言葉を発した。
ノーザンに、一足も二足も早く、春が訪れようとしていた。
───シリーズ次回作につづく……