花火が降る夜

第三話 想い

うちの隣は、宗一郎おじいちゃんの妹・初音おばあちゃんの家だった。
晴翔の曽祖母にあたる。

ここは仙台から車で一時間の小さな街。
晴翔は、時々その隣の家にやってくる男の子だった。

──中学の夏休み。お盆の夜、神社のお祭りで私たちは浴衣を着て出かけた。
その頃には、私はもう晴翔を「好き」だと自覚していたから、ふたりでお祭りに行けるのが嬉しくて仕方なくて、浴衣を張り切って着たのを覚えている。

花火が上がる時間になると、私たちは河川敷に移動した。
空いっぱいに大輪が咲き、光が降り注ぐなかで、晴翔が私の手を握った。

「晴翔……びっくりした」
「俺、高校はこっちで受けるから」
「は? 晴翔なら県下トップの高校も余裕なのに。親だって許さないでしょ」
「俺は怜奈と同じ学校で過ごしたい。同じ思い出が欲しいって思ったんだ」
「晴翔……」
「俺、怜奈が好きだ。付き合ってほしい」

強く握られた手に応えるように、私は小さく頷いた。

「振られたらどうしようかと思った……嬉しい、ありがとう」

晴翔は私を抱きしめた。
その肩越しに夜空いっぱいの花火が広がっていた光景を、私は今も忘れない。

「晴翔、待って。こういうの、ちょっと……まだ緊張する」
「分かった。じゃあ高校生になるまで我慢する。そのかわり──入学式の日に絶対キスする。約束ね」

「……晴翔、慣れてるの?」
「まさか。俺、ずっと前から怜奈だけしか見てない。他の女子に興味持ったことなんてない。怜奈は?同じ学校に好きなやついた?」
「いないよ。私も晴翔が……」

“好き” と続けたのに、花火の音にかき消されてしまったらしい。
その夜、晴翔は何度も私に「好き」と言わせた。

──そして今。

部屋に戻ると、晴翔はすやすや眠っていた。
外はもう明るい。
早く起こして帰らせるべきだろうと思いながら、軽く体を揺さぶった。
反応がなくて、私もベッドに入り、晴翔の体に腕を回した。

「……晴翔が好きだよ…」

胸の奥の声が漏れた。
好きすぎて、離れる以外に思いつかなかった。
この狭い街に晴翔を閉じ込めるのが、罪のように思えて。

大学では他の人と付き合おうとしたけれど、続かなかった。
キスをすると、どうしても「違う」と思ってしまったからだ。

──晴翔はこうだった。
──晴翔なら。

離れたはずなのに、いつも思い出すのは晴翔のことだった。

「……怜奈?」

寝ぼけ声で、腕が私の腰に回された。

「……晴翔、そろそろ」

もう外明るいから戻って、と言おうとしたのに遮るように晴翔の声が落ちた。

「夢なら出てこなくていい……どうせ……」

晴翔の閉じた目に、涙が滲んでいた。

私は晴翔のために離れたつもりだった。
けれど、それは深い傷を残してしまったのかもしれない。
私を嫌いになれば良かったのに。
嫌いになれずに苦しんでいたのを感じてしまった。

「……怜奈……あぁ、夢かと思った」
「今、戻ってきたとこ。凪兄と奈美さんが起きてたよ」
「……そっか。なんか、思ってた以上に怖いもんだな」
「ん?」
「また、黙って消えるんじゃないかって」

私は晴翔の頭を胸に抱え込むように抱きしめた。

「晴翔……昨日、晴翔が笑ってるのを見て、やっぱり私、晴翔のことが好きだったんだなって思った」
「過去形?」
「……分からなかった。高校のときは、晴翔が特別すぎたし。でもね、他の誰かにこんな風に思ったことはない。終わったらそれだけ。だから今も、晴翔は特別なんだと思った」

「怜奈に男がいたなんて考えたくない。怜奈が誰かと過ごしたなんて……考えたくない。死にたくなる」

「ないよ。晴翔以外と、こうしたことない」

「……いつ東京に戻る?」 

「日曜だよ。週明けから仕事だから」
「あと4日か……すぐだな」

私は晴翔の頭を撫でた。

「晴翔、とりあえず今は戻った方が──」 
 
「もう一回。怜奈が俺としかしてないこと……しようよ」


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