花火が降る夜
午前4時頃──

祭壇のある座敷に行くと、家の中は静かになっていた。みんな眠ったのかと思ったら、線香の前に従兄の凪と、その妻の奈美が座っていた。

「奈美さん、起きてたんだ。ありがとうございます」

多分、凪兄は結婚後、今回が初めて奈美さんをここに連れて来たのではないかと思う。奈美さんがこの田舎の濃い親戚づきあいに疲れていないといいけど。

「ううん、ちょっと目が覚めちゃって。凪くんは……ずっといとこたちと飲んでたみたいだけど」

「凪兄、大丈夫? 午前中、葬儀だよ。受付やるんでしょ?」

「おう、大丈夫。久しぶりに帰ってきたんだし、こんな時じゃないと親戚が揃わないからな」

私は線香を取り替えて火を点け、手を合わせた。目を閉じた瞬間、凪兄の声が耳に落ちる。

「怜奈は志乃ばあちゃんと最後に会ったの、いつ?」

「一年前かな。仙台の病院に入院した時にお見舞いに行ったよ。……電話では、つい最近までよく話してた」

「そうか。俺はもう三年くらい会ってなかったからなぁ。そのときには、もうずいぶんボケててさ。勇作さん、勇作さんって、よく言ってた」

ふと顔を上げると、長押にずらりと並んだ先祖の遺影がある。
曾祖父・宗一郎の隣にある一枚──若く、整った顔立ちの男性が「勇作さん」だった。

……やっぱり私が夢で見たのは、ただの想像にすぎないのだろうか。
夢の中で志乃おばあちゃんが呼んでいた「勇作さん」は確かに美男子だったけど、遺影の彼とは少し違う気もした。

「居候の書生だったけど、宗一郎おじいちゃんが“家族同然だ”って言ってたらしいし、だから同じ墓に入ってこうして遺影も並んでる。さしづめ志乃おばあちゃんにとっては淡い恋の思い出、って感じかね」

「1人の美少女に2人の美男子かぁ。勇作さんは身寄りがなかったんだっけ?お金持ち同士の許婚と、思いを秘めた苦学生。大正浪漫漫画みたいだねえ」

奈美さんがうっとした様子で言った。
「どんなストーリーが3人にあったのかは、もう俺たちには分からないけどな」

私はついさっきまで自分が晴翔に抱かれていたからか、夢でも同じように体を重ねる志乃おばあちゃんと宗一郎おじいちゃんを見ていた。

もしあれが本当なら──残酷だな、と思う。
別の人を愛している誰かを、それでも愛しているなんて。

「なあ怜奈、晴翔とは話した?」

「……うん、まあ」

部屋で寝ているとは、もちろん言えない。

「6年ぶりだろ。きっと“より戻したい”って言われた?どうするんだ?」

凪兄は一つ上で同じ高校に通っていた。晴翔とも仲が良かったけど、今の一言でいまでも相談し合う関係なんだと分かった。

「昨日、昼に着いて、最初に晴翔を遠目に見たとき、みんなと笑ってる顔を見て──やっぱり好きだな、あの笑顔って思った。分かる? あの笑顔、甘いでしょう?」

「分かる。あれは男でも照れる。顔面偏差値がズルい。しかも、男同士だと屈託なく笑うけど、女相手にはなかなか見せないからな。その分、刺さるんだろう」

「ハイハイ」と奈美さんが手を挙げた。

「私にも笑いかけてくれたよ、ありがとうございますって。人妻には警戒しないのかな?人妻だけど、あれはちょっとキュンとしたぞ?」

「おいおい……」と凪兄が突っ込みを入れる。
「まあ、気持ちは分かる。不可抗力だな」

私は思わず笑ってしまった。

「志乃ばあちゃんの時代は多分許されなかったんだよなぁ。でも今は好きな相手と結ばれていい時代なんだからさ。
あんま難しく考えるなよ」

そう言って、凪兄は私の頭にぽん、と手を置いた。

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