桜吹雪が舞う夜に




「御崎先生が毎週金曜にやってる勉強会。
夏休み以来、たまに参加させてもらっててさ」

学食のテーブルにトレイを置きながら、酒井先輩がふと切り出した。
少し考え込むように視線を落とし、それからぽつりと続ける。

「ーーあの先生、すごいな。本当」

私はスプーンを止めて、思わず顔を上げる。
「……え?」

先輩は笑みを浮かべるでもなく、真剣な声だった。
「勉強不足だったとしても別に責めるわけでもなくて。
ただ“ここはこう考えればいい”って諭すみたいに話を進めていくんだ。
間違った答えでも切り捨てない。ちゃんと拾って、次に繋げてくれる」

それを聞いて、胸の奥で、何かが静かに温かく揺れる。

「本当に、いい先生なんだなって思うよ」
酒井先輩は淡々とそう言い、味噌汁をすくった。

わたしは小さく頷いた。
ーーそうだ。私も同じことを、ずっと思ってきた。
冷静で、厳しくもあるのに、最後には必ず救いを残す。

けれど、心の中で呟く。
「……それだけじゃないんだよ」

日向さんが自分にだけ見せる素顔。
無防備に笑ったり、疲れた夜に言葉少なに寄りかかってきたり。
誰にも語らない弱さや孤独を、ほんの少しだけ知ってしまった自分だけがいる。

酒井先輩の「いい先生」という言葉に頷きながらも、
胸の奥で、そっとその事実を抱きしめていた。


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