桜吹雪が舞う夜に

神様の日曜日 Hinata Side.



「今日は、思春期の君たちが一番と言っていいほど気にする話題について取り上げようか」

日曜の教会。教会学校へ来た中高生達の前に向き直り、俺はそう告げた。
黒板に「結婚前に性交渉してはならない」とチョークで書きつけ、振り返る。

「この根拠となっている箇所は、知ってるか?」

誰かが小さく「……パウロの手紙?」と呟く。
俺は頷いた。
「そう。新約聖書の“コリント人への手紙”だ。あの中で“自分の体は神の宮である”と語られている。だからこそ、不品行から離れなさい、と。つまり“性交渉は結婚の枠の中で守られるべきもの”っていう考え方だ」

すると、前列の女の子が手を挙げる。
「……御崎先生……牧師先生は、“結婚まで絶対しちゃダメ”って言ってました。違うんですか?」

場の空気が一瞬張りつめる。
俺はチョークを置いて、肩で息をついた。

「……いいや。父さんの言うことは、正しいよ。
少なくとも“信仰的な理想”としては。
聖書にもこうある――『男は女に触れないのがよい』ってな。同じく、コリントの手紙での言葉だ」

ざわめきが広がるのを抑えるように、俺は続けた。

「でもパウロは同じ手紙で、“情に燃えるよりは、結婚したほうがよい”とも書いている。
……人は理想通りに生きられるわけじゃない。好きになった相手と求め合うのは、ごく自然なことだ」

生徒たちの視線が一斉にこちらに集まる。
俺は彼らの顔を見渡しながら、静かに言葉を重ねる。

「欲を持つこと自体に、罪悪感を覚える必要なんかない。問題は――その欲をどう扱うかだ。
相手を踏みにじるために使うのか、それともお互いを大切にするために使うのか。
大事なのは、“してはいけない”という禁止の言葉だけじゃない。どうすればお互いを大切にできるか――その選択の重みを、自分で考えられるかどうかだ。責任を取れるか、その覚悟を問われているんだ」

少し沈黙のあと、俺は苦笑して肩をすくめた。

「ま、父さんと俺は別の人間だからな。父さんは牧師として語る。俺は医者として、そして一人の人間として語る。……君たちがどう受け取るかは、君たちの自由だ」

そう言いながら、胸の奥で苦笑を重ねる。
ある意味、そう思えるのは俺があの人の息子だからなのかもしれない。俺にとって父さんは、周りと変わらない一人の父親であって、絶対的な神の意志の代弁者じゃなかった。

プロテスタントの家に生まれたからこそ知っている。信仰は“権威者の言葉を鵜呑みにすること”じゃなく、“自分と神とのあいだでどう生きるか”を問い続けることだ。聖書をどう読むかは、自分自身の責任にかかっている。

もちろん、こんなことを言えばまた父さんを怒らせるだろう。そう内心で自嘲しながらも、俺はこの子たちに伝えたいと思った。与えられた言葉をただ守るだけじゃなく、自分で考え、選び取ることを。

だって――俺自身が、そうやって救われてきたから。

「いいか。言われたことをそのまま信じるだけなら簡単だ。だけど、お前らが大人になるなら――“なぜそう書かれたか”“どう生きる自分に響くのか”を考えろ。それが、信仰を持つってことだ」

ゆっくりと息を吐いて、子供達に改めて向き直る。


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