桜吹雪が舞う夜に

「……正解がなきゃ怖いんだ」
自嘲気味にそう口にした俺に、朔弥は肩を揺らして笑った。

「お前さ。聖書なんて“正解がない読み物”を毎日読んできたくせに、よくそんなこと言えるよな」

図星を突かれた気がして、喉が詰まる。
そうだ。矛盾してる。分かってる。
それでも俺は、医者として、演奏者として、“正解”を求めてきた。

沈黙を落とした俺を見て、朔弥はわざと大げさに首を振る。
「縛られる人生なんて楽しくないだろ。……なあ、桜ちゃん」

その名が出た瞬間、胸がちくりとした。
俺の答えを待たずに、彼女の方へ話を振る。まるで、俺の矛盾を彼女の目の前で暴いてやろうとするみたいに。

桜は一瞬驚いた顔をしてから、困ったように笑った。
「……でも、日向さんは縛られてるからこそ、真剣に生きてるんだと思います」

その言葉に、視線を逸らす。
俺の弱さを、彼女にだけは見抜かれている気がして。 


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