桜吹雪が舞う夜に

朔弥さんという人 Sakura Side.


ある日の夜だった。

カウンターの奥。
軽やかにグラスを磨いていた朔弥さんの周りに、いつのまにか二人組の女性客が腰を掛けていた。

「ねぇ朔弥くーん、いいでしょ?連絡先交換しようよ」
「そうそう、LINEでもInstagramでも!ほら、教えて〜」

半分冗談、半分本気みたいな軽い調子。
朔弥さんは困ったように眉を下げ、それでもにこにこと笑みを浮かべて返す。

「いやぁ、参ったなぁ。俺そんなマメじゃないんだよ」
「えー?絶対マメそうじゃん!」
「いやいやいや、既読スルーの鬼って言われるタイプ。ほんと信用しない方がいい」

冗談半分にひらひらと手を振りながら、するりと相手の勢いをかわしていく。
その余裕のある対応は、見ていてすごいなと思うくらい自然で――。

(……やっぱりモテるんだなぁ)

少しだけ胸の奥がざわついた。
別に朔弥さんとそういう関係になりたいわけじゃない。
でも、こうやって笑顔を向けられるのは、やっぱりちょっと羨ましい。

そんな自分の気持ちに気づいて、私は慌ててスポンジを持ったまま手元のグラスに視線を落とした。
氷がカラン、と小さく音を立ててシンクに流れていく。


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