桜吹雪が舞う夜に
日向さんがグラスを静かに置き、少し目を細めた。
「……お前、それにしても人は選ぶよな。その扱いで傷つくような子は絶対に避けるだろ。あの嗅覚はなんなんだ」
朔弥さんはニヤリと笑い、氷をカラリと転がす。
「簡単な話だよ。……俺に期待してこない子としか、近づかない」
「……期待、ですか?」
気づけば私が問い返していた。
「そう。俺に“唯一無二の彼氏”とか“理想の相手”とか求めてくる子はダメだ。
俺は、そこまで真剣に応えられるタチじゃないからな。……最初からお互い軽く楽しもうって空気でいられる子じゃないと、無理」
その言葉は淡々としているのに、どこか深い諦めが滲んでいた。
聞いているうちに、胸の奥がざわりと波立つ。
「……別にじゃあ、浮気とかされても構わないってことですか?」
思わず口にした自分の声に、私自身が驚いた。
けれど、その問いは胸の奥から自然に溢れていた。
朔弥さんは、一瞬だけ目を細めた。
すぐに軽く肩をすくめ、笑ってみせる。
「構わないってわけじゃない。……でも、期待してないから傷つかない」
朔弥さんは氷を転がしながら、ふっと笑った。
「ま、お前達みたいに純粋に1人を選べるのが、人間としては正解だろ。……俺は残念ながら欠陥品だ」
その声色は冗談めいているのに、不思議と笑っていない。
自嘲するような響きが、グラスの底に沈んでいく。
私は思わず息を止めて、日向さんの横顔を見た。
彼はただ黙って朔弥さんを見返していて、その目には言葉にできない感情が浮かんでいた。
ーー欠陥品。
朔弥さんは軽く言ったつもりかもしれない。
でも、その言葉は胸に棘のように残って、簡単に笑い飛ばすことなんてできなかった。