桜吹雪が舞う夜に
最後の方には、ライブの動画がいくつか添えられていた。
「Sound Jam - We Are All Alone (Live at Shibuya, 200X)」
心臓が跳ねた。
震える指先でクリックすると、画面に映し出されたのは、若い頃の日向さんだった。
ステージの薄暗い照明の中、黒いキーボードに向かって背筋を伸ばす姿。
イントロの和音を叩いた瞬間、観客のざわめきが静まっていくのがわかる。
横顔は真剣で、今の穏やかな医師の顔とはまるで違う。
音楽にすべてを賭けているような熱が、スクリーン越しに伝わってきた。
低く、柔らかい音に、透明な旋律が重なっていく。
ボーカルが歌い出すより前に、すでに心を奪われていた。
「……すごい」
気づけば小さく声が漏れていた。
彼がかつて、こんな世界に生きていたなんて。
そして今、その人が自分の隣にいるなんてーー。
やがて切なさを予感させるイントロが終わり、ステージのライトに照らされた女性ボーカルが、静かにマイクを握る。
そして始まった歌は、思っていたよりもずっと切なく、胸を抉るようだった。
「さよならを言えなかった夜
あなたの影だけが残る
笑顔も声も 全部ここにあるのに
抱きしめられない」
ただの歌詞。
なのに、どうしてだろう。
胸に直接突き刺さるように、心が揺れる。
「抱きしめられない」ーーその言葉に、思わず息を呑んだ。
指先で奏でられる旋律は、確かに日向さんのものだった。
無表情に見える横顔。
でも鍵盤に重ねる手は熱く、切実さが音になって溢れている。
その姿から目を離せずに、しばらく食い入るように画面を見つめていた。
自分が好きになったのは、この音を奏でる人なんだ。そう強く実感した。