桜吹雪が舞う夜に

対立 Hinata Side.



閉店後のカウンター。
まだ片付けの終わっていないグラスを手に取りながら、俺は低く息を吐いた。

「……喧嘩した」

その一言に、朔弥が振り返る。
「お?珍しいな。あの桜ちゃんと?」

俺は眉間を押さえた。
「……問い詰められた。“私は守られるだけの子供なんですか”って」

声に出すと、胸の奥がざわつく。
彼女の震える瞳を思い出して、苦しくなる。

「俺はただ……失いたくないって言っただけだ。けど、あれじゃあ拒絶にしか聞こえなかったんだろう」

グラスを置いて、短く笑う。
「俺は、どうしても“守りたい”って思っちまう。あいつのことを。……でも、それが、あいつの望む答えじゃない」

朔弥はしばらく黙って俺を見ていた。
やがて、片手で頭をかきながら苦笑する。

「そりゃそうだろ。……桜ちゃんは“対等”になりたいんだ。お前と同じ場所に立ちたいんだよ」

「……わかってる」
俺は苦く返す。
「でも、それでも。俺は、どうしても“子供を危険にさらすような真似”はできない。……俺の性分だ」

「性分ねぇ」
朔弥は鼻で笑い、カウンターに肘をついた。
「ならもう腹括れよ。守るだけの恋か、隣に立つ恋か。どっちも取ろうとするから、拗れるんだ」

その言葉は鋭くて、反論できなかった。
俺は沈黙したまま、氷が溶けていく音だけを聞いていた。

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