桜吹雪が舞う夜に
昔の恋人 Sakura Side.
大学の廊下。休み時間、ノートを胸に抱えて歩いていた時だった。
「あなたが……桜ちゃんね?」
振り返った瞬間、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、背筋をすっと伸ばした女性。
ERー救急救命室のロゴが記された白いスクラブに、凛とした雰囲気。誰が見ても振り返るほどの美人だった。
「……あの、どちら様ですか?」
気圧されるように声が小さくなる。
「水瀬瑞希。ERで医師やってるの。
――御崎日向の元カノ。ま、だいぶ前だけどね。ちょうど私があなたと同じ歳だった時ぐらいの話よ」
あまりにさらりとした一言に、胸の奥がひゅっと鳴った。
(え?……こんな、綺麗な人が……?)
驚きと焦りで頭が真っ白になる。
彼女ー水瀬先生は、そんな私の動揺を楽しむように、口元をわずかにゆるめた。
「ねぇ、どう?彼と付き合ってみて。大変でしょ」
「……大変、というか……」
どう答えていいか分からず、ノートを抱く手に力が入る。
「わかるわ。あの人、過保護すぎるでしょう?全部自分で背負っちゃうし。……正直、彼女の気持ちを置き去りにするところ、あるんじゃない?」
私は胸の奥がざわつくのを感じながらも、小さく首を振った。
「……そんなこと、ないです。ちゃんと、私のことを見てくれてます」
水瀬先生はふっと目を細め、じっと見つめてくる。
その視線にさらされると、自分の未熟さや子供っぽさが余計に浮かび上がるようで、心臓が苦しくなった。
「……強いね。可愛いだけじゃなくて、その真っ直ぐさ……日向が惹かれる理由なんだろうな」
そう言った水瀬先生の声の奥に、かすかな寂しさが混じっている気がした。
けれど私には、その感情の意味を読み取ることができず、ただ黙って立ち尽くすしかなかった。