桜吹雪が舞う夜に
日向さんと連絡を絶ったまま、2週間が過ぎようとしていた。
昼下がりの学食。
私は一人でノートを広げ、空いた時間に解剖学の復習をしていた。
ペン先を動かしていると、不意に背後から落ち着いた声がした。
「桜ちゃん。……ちょっといい?」
振り向けば、水瀬先生がコーヒーカップを片手に立っていた。
その堂々とした姿に、周囲の学生が一瞬目を向ける。やっぱり目立つ人だ――そう思いながらも、私は慌てて頷いた。
彼女は隣の椅子に腰掛けると、しばし迷ったように視線を伏せ、それから静かに口を開いた。
「こないだは、ごめんね。……誤解させたかもしれないけど、私、別に日向とよりを戻したいとか、そういうわけじゃないの」
その真剣な声音に、私は思わず背筋を正した。
「ただ……昔一緒にいた分、あの人のことを分かってるって思い込みが、つい出ちゃったのかもしれない。
桜ちゃんを試すつもりなんか、なかったんだよ」
私は少し息を呑み、それでも落ち着いて答えた。
「……大丈夫です。少し驚いただけで」
水瀬先生はじっと私の顔を見つめ、それからふっと柔らかく笑った。
「……安心した。あの人が選んだ子ならって、信じたかったから」
その一言に、胸の奥が熱くなる。
敵意でも嫉妬でもなく――ただ誠実な距離感がそこにあって、どう反応すればいいのか分からなかった。
「今日はね、桜ちゃんを誘いに来たの」
「……誘う?」
思わず聞き返す。
「どこに、ですか?」
水瀬先生はカップを持ち上げ、さらりと微笑んだ。
「救急救命部。興味ない?見学させてあげる」
唐突な言葉に、私は息を止めた。
胸の奥でざわめきと好奇心が、同時に跳ね上がるのを感じた。