桜吹雪が舞う夜に
その日の午後。
白衣の背中を追いかけて、私は初めてERの自動ドアをくぐった。
「――こっちよ」
水瀬先生がカードキーで扉を開けると、ひんやりとした空気と、張り詰めた緊張感が押し寄せてくる。
廊下の向こうからはストレッチャーの車輪の音、慌ただしい看護師たちの声。
私は思わず息を呑んだ。
いつも講義で聞いている“救急救命”という言葉が、こんなにも生々しい場所だなんて。
「桜ちゃん、こっち」
声に促され、処置室の前に立つ。
ガラス越しに見えたのは、数人の医師と看護師が一斉に患者の周りに集まる光景だった。
「CPA(心肺停止)。胸骨圧迫、交代!」
短く鋭い声が飛ぶ。
モニターに映る心電図は乱れて、アラームがけたたましく鳴っていた。
私はただ呆然と、その必死の光景を見つめていた。
「……どう?」
隣で水瀬先生が、少し声を落として尋ねてきた。
「ここは、甘えも迷いも通用しない場所。命が目の前で失われるかもしれない現場。
――でもね、そのぶん“生き返る瞬間”もある。忘れられないぐらいの奇跡を、何度も見ることができる」
彼女の横顔は、あまりに堂々としていて、眩しかった。
「桜ちゃんには、きっと向いてると思う」
軽く言われたその一言が、心の奥に鋭く残った。
私は唇を噛む。
――向いてる。そう言われて、なぜだろう。
怖さよりも、強く惹かれてしまう自分がいた。