桜吹雪が舞う夜に
バイト探し Hinata Side.
桜とはそれからなかなか会えなかった。
恋人ができたからといって、当たり前のように仕事は忙しく、桜の方もようやく始まった講義やら、サークルの新歓やら、友達との付き合いで予定は埋まっていった。
結局、二人を繋ぐのはメッセージアプリの短いやり取りばかりだった。
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『今日夜空いてる?仕事終わったら会えるか?』
『すみません……新歓です』
『残念。新歓どこでやってる?終わったら迎えに行くけど』
『先輩が送ってくれるそうなので、大丈夫です!ありがとうございます』
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画面に浮かぶ文字を見て、しばらく動けなかった。
「先輩が送ってくれる」という一文が、喉の奥に小骨のように引っかかった。
誰なのかを訊くのは簡単だ。けれど、それを訊いたところで彼女を縛ることになるのではないか。
溜め息をつきながらスマホを伏せ、ソファに身を沈める。
ーーわかっていたはずだ。
十以上も歳の差がある。彼女には、彼女だけの新しい世界が始まっている。
それでも、胸の奥に芽生える独占欲はどうしようもなかった。
返事は結局打たなかった。
送信ボタンに指を置きかけては、消して、また打ち直す。
「気をつけて帰れよ」ーーそれすら、重く響きそうでためらわれた。
彼女の画面の向こう側を、ただ想像することしかできない夜が、またひとつ増えた。