桜吹雪が舞う夜に
ようやく会えたのは、1ヶ月経ってからだった。
渋谷のビルにあるカフェの窓際。外の光がテーブルに落ちて、向かい合う桜の横顔を淡く照らしていた。
ストローを指で弄びながら、彼女はため息混じりに言った。
「……なかなかいいバイトが見つからなくて」
「バイト?」
コーヒーカップを持ち上げていた手を止め、思わず視線を向ける。
「はい。サークルもあるし、あんまりシフトきついのは無理だから……。でも、週に2回くらいで続けられるの、なかなか無いんです」
そう言うときの彼女の声は、少し弱々しい。
ーーまだ入学して1ヶ月ちょっと。慣れない環境に戸惑いながら、それでも前に進もうとしている。
「なるほどな」
短く相槌を打ったが、そのまま黙り込む。
頭の片隅に、ある店のことが浮かんでいた。
数秒の沈黙のあと、口を開く。
「バイト……紹介しようか」
「え?」驚いたように桜の瞳がこちらを見た。その真っ直ぐさに、胸が小さく跳ねる。
「高校時代の知り合いがやってる、新宿にあるジャズバーで……そういえば、ちょうど女の子欲しいって言ってた気がする」
「ジャズバー……!?」
声が上ずって、思わず肩をすくめる。
「な、なんか大人な雰囲気ですね……。私にできるんでしょうか……」
「普通だよ」なるべく淡々と答える。
「学生もよくバイトしてる。料理運んだり片付けたり……難しいことはない」
桜は胸に手を当て、少し緊張した笑みを浮かべた。
「……そうなんですね。でも、なんだか新しい世界に足を踏み入れるみたいで、ちょっとドキドキします」
その言葉に、思わず笑みを漏らす。
「挑戦してみればいい。君なら大丈夫だと思う」
言った途端、彼女の頬がふっと赤くなり、視線が揺れた。
ーー何でもない励ましのつもりだったのに。
それでも、桜が自分の言葉で少し勇気を得たように見えたことが、不思議と心地よかった。
「……良かったら、一度一緒に行ってみるか?客として」
そう提案すると、彼女は本当に嬉しそうに、頷いた。