桜吹雪が舞う夜に
大学二年、夏
会議室の二人 Hinata Side.
編集者が席を外し、静けさが戻った会議室。
二人のカップには、まだ温かいコーヒーが残っている。
どうしてこいつと一緒にインタビューなんて受けなきゃいけないんだろう。
この学生の編集者、俺たちが昔付き合ってたなんて1ミリも知らないよな。ただの偶然だよな。そう思いたい。
想定外の状況に苦笑いを浮かべつつ、俺は低い声で切り出した。
「……お前さ。桜がERに向いてるって、本気で思ってるのか?」
水瀬は眉ひとつ動かさず、俺を見返した。
「ええ。本気よ」
「俺はそうは思えない」
カップを手にしながら、苦い笑みをこぼす。
「まだ学生だ。身体の限界も知らない、経験もない。
そんな状態で“救急に向いてる”なんて、安易に言えるか」
「安易じゃないわ」
水瀬は即答し、少し身を乗り出した。
「彼女は真っ直ぐよ。弱そうに見えて、実際は簡単に折れない。
そういう人間じゃなきゃ、救急には耐えられないの」
俺は黙り込み、視線を落とす。
机の上のカップに影が揺れる。
「……真っ直ぐなのは認める。
でも、俺は守りたいんだ。あんな危険な現場に立たせたくない」
俺は頭を押さえて、低い声で言った。
「……ERは、やりたいだけで行ける場所じゃない。
やれる人が行くもんだろ」
水瀬はすぐに反論せず、ゆっくりと口紅の跡がついたカップを口に運んだ。
ひと口飲んでから、挑むような笑みを見せる。
「だからこそ、私は桜ちゃんに声をかけたのよ。
“やりたい”と“やれる”の両方を掴める人かもしれないって、直感で分かったから」
「直感なんて……」
思わず吐き捨てるように言った。
「学生ひとりの人生を賭けるものじゃない」