桜吹雪が舞う夜に

夏の記憶 Sakura Side.


長かったテスト期間がようやく終わり、夏休みが始まった。
幸い追試に引っかかることもなく、私は大学生活二度目の夏を楽しんでいた。

サークルの合宿。
友達との海外旅行、映画、買い物。
笑い声と日差しに満ちた日々は、目を閉じる間に過ぎていった。

――その夏、日向さんと一度だけ館山へ旅行に行った。

本当に忙しい人で、泊まりの旅行なんて夢のまた夢だとばかり思っていた。
だから予定が決まったとき、嬉しさよりも先に「そんな時間、取れるんですか」と何度も確認してしまった。

『大丈夫。一日二日くらい、なんとかなるよ』
そう笑った顔が、いまも鮮やかに思い出せる。

彼は、海の見える部屋を予約してくれていた。
小さな露天風呂まで付いていて――一泊いくらするのか、怖くて結局最後まで聞けなかった。

部屋に流れるのは、波の音と、二人の声だけ。
どこへ出かけるでもなく、ただ並んで話すだけで十分だった。
その穏やかさが、何よりの贅沢だと心から思えた。


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