桜吹雪が舞う夜に

タクシーを捕まえて部屋に戻り、桜をそっとベッドに横たえた。
靴を脱がせ、掛け布団を肩までかけてやる。彼女の髪にかかった前髪を指先で払うと、かすかに眉が動いた。

小さな寝息。
まるで無防備な子供のような顔。
……俺は、やっぱりこの子を守りたいと思ってしまう。

静かに腰を下ろし、しばらくその横顔を見つめていた。

「……ごめん、桜」
囁く声が震える。
「俺はやっぱり、君を手放せない」

守りたいと思う気持ちが、彼女を縛っているのかもしれない。
支えると言いながら、結局は自分が安心したいだけなのかもしれない。
それでも、どうしてもこの手を離すことができなかった。

彼女の細い手を両手で包み込み、額をそっと寄せる。
「……君の未来を信じたい。だけど、失うことだけは考えられないんだ」

答えの出ない葛藤を抱えたまま、時計の針が進んでいく。

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