桜吹雪が舞う夜に
大学二年、冬

白百合の花束 Hinata Side.



よく澄んだ空気が身を包む。
冬が迫っていた。


白百合の花束を胸に抱え、石畳を踏みしめていく。
風が冷たい。命日になると、胸の奥がきしむように痛む。

墓石の前に立ち、刻まれた母の名前を指先でなぞる。
母を亡くしたのは、もう随分前のことだ。

――母さんは、俺が音楽高校に進学したいと言ったとき、笑って背中を押してくれた。
学費を工面するために、昼も夜も働いて……。
そして、ある日突然、倒れた。

守れなかった。
あの瞬間から、俺の中に「守らなければ」という呪いみたいなものが根を張った。

「……母さん」

声に出すと、子どもの頃に戻ったような気がする。
俺が患者を必死で救おうとするのも、桜をどうしても守りたいと思ってしまうのも、
全部ここに辿り着く。

――母さんを救えなかったこと。

「……俺は、ちゃんとやれてるかな」

誰に聞いているのかもわからない問いが、胸から漏れ出す。
白百合が風に揺れる。その清らかさに、俺の弱さと執着が照らし出されるようで、目を閉じて祈った。



< 235 / 306 >

この作品をシェア

pagetop