桜吹雪が舞う夜に
……お花の匂いがしますね。
家に戻った途端、桜がそう呟いた。
俺は思わず立ち止まる。
鋭いな。
胸の奥で小さく舌打ちしたいような感覚が走る。
墓前に供えた白百合の香りが、まだ衣服に残っているのだろう。
「今日、どこか寄ってきたんですか?」
桜は首をかしげて、覗き込むように聞いてくる。
――まさか墓参りのことを口にするわけにもいかない。
俺はいつも通りの調子を装って、適当に肩をすくめた。
「ん……ちょっとな。人に会ってきただけだ」
桜はそれ以上追及せず、「ふぅん」と笑ってみせる。
その笑顔に、胸の奥が少し痛む。
(……やっぱり、桜ーー君には、知られたくない)
母を守れなかった悔いを、今も抱えていること。
それを隠すように、俺はいつも「守る」という形でしか愛を表せないこと。
桜の柔らかな笑みを見ながら、そんな自分を誤魔化すように息をついた。