牧師の息子のエリート医師は、歳下医学生に理性が効かないほど夢中です。(旧題:桜吹雪が舞う夜に)



時刻はすでに夜11時を回っていた。
相手は女性の先生だし、警戒する必要もないだろう。

「……あ、ありがとうございます」
迷いながらも助手席に乗り込む。
ドアが静かに閉まると同時に、車内にはほのかに甘い香りが漂った。

赤い外車は夜道を滑るように走り出す。
窓の外、街灯の明かりが等間隔に流れていく。

「場所は?」

「あ……えっと、神楽坂です。よろしくお願いします」

「神楽坂?」
水瀬先生がちらりと視線を寄こす。
「もしかして日向の家? 今もう同棲してるの? 一年半くらい付き合ってるって聞いたけど」

「同棲してるわけじゃないんですけど……最近は、割と……」

「へぇ。同棲したいって言ったら、あいつ喜びそうだけどね」
軽口めいた調子なのに、その言葉に胸がどきりとする。

「……ねぇ、日向から聞いた?」
水瀬先生の声がふっと低くなる。
「私も噂程度にしか知らないけど……あいつ、3年前期で受け持ってる講義、担当外されるかもって話」

「……え?」

「あぁ、やっぱり話してないんだ」
水瀬先生は片手でハンドルを回しながら、苦笑を浮かべる。
「余計な心配かけたくないんだろうね。でも、いつかは耳に入る話よ。
 ――やっぱり“教員と学生が付き合ってる”ってなると、何かとコンプラが、って言い出す輩がいるみたいでさ」

車内の暖かさとは裏腹に、背筋に冷たいものが走った。


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