桜吹雪が舞う夜に


「でも羨ましいよ。
 君は欲望を全部“彼女ひとり”に向けてるんだから。
 器用に遊ぶより、ずっと贅沢で健全だ」

その言葉に胸がざわつく。
挑発なのか、本心なのか、判別できない。

……もう疲れた。

「じゃあ、せめて今日は早く帰らせてください」
ぼそりと呟いた俺に、向坂先生はにこりと笑う。

「いいよ。でもその代わり、明日までに学会の抄録の修正版出してね」

結局逃げ場なんてない。
深く息を吐きながら、俺は資料を抱えて席を立った。


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