桜吹雪が舞う夜に
間話 Struggle.
電話のスピーカー越しに、休憩室の空気がピリついていた。
水瀬は腕を組んで、容赦ない声を飛ばす。
「はぁ? 研修医ならいつでも空いてるって?
こっちは“使える奴”をよこせって言ってるんですがね。
研修医がまともにカテーテル扱えると思ってるんですか?」
相手の返答を聞く前に、さらに畳みかける。
「若手のエースを無駄な会議に縛り付けて……あなたって、本当にセンスないですね」
しばし沈黙の後、受話器から淡々とした声が返ってきた。
「……強い言葉だね。
でも、残念ながら循環器内科のリソースは僕の管轄で配分している。
救急が“優先度第一”というわけじゃない」
「……っ」
水瀬の眉がぴくりと動く。
「御崎が有能なのは認めてる。だからこそ“臨床現場の駒”だけに留めておくのは惜しいんだよ」
向坂の冷静な声に、ますます苛立ちが募る。
(……この男、やっぱり本気でサイコパスだわ)
水瀬は吐き捨てるように返した。
「駒って言葉、軽すぎて虫唾が走る」
しばし沈黙。
それでも言葉を飲み込めず、さらに続ける。
「どうせあなた、いざって時は――日向でさえ容赦なく切る覚悟があるんでしょう」
その声には苛立ちと、ほんの少しの恐れが混じっていた。
受話器からは、やはり穏やかな調子で答える声が返ってきた。
「……それが、組織を回すってことだからね」