桜吹雪が舞う夜に
坂道を登り切ると、見慣れたマンションの灯りが目に入った。
雪の降りしきる夜の中で、その明かりはどこか温かく、ほっと胸が緩む。
「……着きましたね」
そう呟くと、隣を歩く日向さんが小さく頷いた。
エントランスに入ると、外の冷気から解放されて、ほんのりとした暖かさが頬を包む。
けれど心臓の鼓動は早いまま。
二週間ぶりにこうして彼と帰ってきたことが、現実なのか夢なのか、まだ確かめられない気がしていた。
「寒かったろ」
彼が静かに言って、私の手から荷物を取り上げる。
その仕草があまりに自然で、胸がじんと熱くなる。
「……大丈夫です。寒いのも、全部忘れちゃいました」
小さく笑ってみせると、日向さんはふと立ち止まり、ドアノブに手をかけたまま私を見た。
玄関灯の雪明かりが彼の横顔を照らし、少しだけ迷うような影を落としていた。
(……今、この人も同じ気持ちでいてくれているのかな)
胸が高鳴る音を隠しながら、私は彼の後ろ姿を見つめていた。