桜吹雪が舞う夜に
日向さんの瞳が揺れて、何かを探すように私を見つめている。
やがて、かすれた声がこぼれた。
「……桜」
彼は深く息を吐き、目を伏せたまま小さく笑った。
「本当に、君には敵わないな」
その笑みは少し照れくさそうで、でもどこか安堵が滲んでいた。
「……ありがとう」
短い言葉だった。
けれど、それはこれまで一度も口にしてくれなかった、彼の素直な気持ちだった。
聞いた瞬間、胸の奥がじんと熱くなって涙が溢れた。
拭おうとする前に、日向さんの腕がそっと私を引き寄せる。
温かな胸に抱きしめられて、息が詰まりそうになった。
「桜……」
耳元で囁かれる声は、弱く、かすかに震えていた。
「……ごめん。今日はいつもみたいに優しくしてやれないかもしれない。それでも……一緒に、寝てくれるか……?」
普段は誰よりも強くて、頼れる背中を見せてくれる人なのに――
その夜だけは、珍しく縋るように私を求めていた。
「……大丈夫です。日向さんのこと、信じてるから」
背中に回された腕の力が、切実で苦しいほどに強い。
私もまた、その腕に応えるようにぎゅっと抱きしめ返した。
言葉はもう要らなかった。
ただ互いの存在を確かめるように、静かな夜の中で寄り添い続けた。