桜吹雪が舞う夜に
駅のロータリーに着くと、人の流れがそれぞれの方向に散っていった。
タクシーの列、終電を急ぐ人たち。その中で俺と桜だけがぽつりと立ち止まっているような感覚があった。
「……今日は、ありがとうございました」
桜が小さく頭を下げる。その仕草が、妙に距離を感じさせる。
もっと近づきたいのに、線を引かれてしまったようで、言葉が詰まった。
本当は、「まだ一緒にいたい」と言ってしまいそうで。
「気をつけて帰れ」
結局、口から出たのはありきたりな言葉だった。
彼女は一瞬だけ目を揺らしてから、穏やかな笑みを浮かべた。
「はい。……おやすみなさい」
その声が耳に残る。
背を向けて歩き出す細い背中を、呼び止めることができなかった。
夜風が頬を撫でた。
ーーどうしてこんなにも、別れ際が苦しいんだろう。
そう思わずにいられなかった。