桜吹雪が舞う夜に
開店後、桜はまだ慣れない様子ながらも、精一杯の笑顔で客と談笑していた。
「へぇー、医学部なんだ?すごいね!」
「いえ、まだ入ったばかりで……」
控えめに答える声に、カウンターの周りが和やかな笑いで包まれる。
俺は隅の席に腰を下ろし、グラスを傾けてその様子を見ていた。
ーー悪いことじゃない。むしろ、こうやって輪に溶け込めるのは良いことだ。
そう頭では分かっていても、胸の奥が妙にざわつく。
自分以外の男と笑顔を交わしている姿。
相手はただの客で、桜に悪意があるわけでもない。
それでも、隣に座って聞きたくなる衝動を必死に抑え込む。
「楽しそうだな」
隣から朔弥の声が聞こえ、思わず眉を寄せた。
「……まぁ」
短く返し、視線を逸らす。
胸の奥で小さな棘のような感覚が刺さったまま、グラスの氷が音を立てて溶けていった。