桜吹雪が舞う夜に
やがて若い男性客の1人が桜を気に入ったのだろう。
「店長、その子にハイボール一杯」
カウンターの常連らしい男性が、冗談半分に声をかける。
桜が一瞬きょとんとした顔をしたのを見て、朔弥がすかさず笑顔で返した。
「ざんねーん。うちはガールズバーでもキャバクラでもないんでね」
わざとらしく両手を広げてみせる。
「しかもこの子、まだ10代だから。酒は絶対だめでーす」
「えー、そうなの?ノンアルでも駄目?」
「だめですー。はいはい、残念でしたー」
軽口を受け流すように、朔弥は手際よくグラスを磨き始める。
桜は客に小さく頭を下げて、慌ててグラスを抱え直した。
「……すみません」
その必死な姿を見て、男性は励ますように返した。
「いいのいいのー。仕事がんばってね」
「……ありがとう。守ってやって、くれてんのな」
朔弥に短くそう言い、カウンターに戻ろうとする桜とグラス越しに視線を交わす。
不安そうに揺れた彼女の瞳に、少しだけ胸が締め付けられる。