桜吹雪が舞う夜に
知らない顔 Sakura Side.
無事大学に入って最初の試験を終えて夏休みに入ると、バイトの頻度は少しだけ増やした。
慣れない接客にも段々と余裕が出てきて、仕事自体は大体覚えられてきた気がする。
けれどーージャズのことは、まだまだ分からなかった。
閉店間際。
客が引けて静かになったジャズバーに、サックスの音色がスピーカーから静かに流れていた。
片付けの手を止め、ふと耳を傾ける。
「……やっぱり、ジャズって難しいです」
ぽつりと漏らした言葉に、朔弥さんが振り返った。
「難しい?どのへんが?」
「えっと……リズムとか、アドリブとか。なんだか自由すぎて、私にはよく分からないっていうか」
少し恥ずかしそうに肩をすくめると、朔弥さんはグラスを磨きながら、にやりと笑った。
「いいねぇ、その感想。大正解だよ」
「えっ……大正解?」
「ジャズってさ、正解がないんだ」
カウンターを指先で軽く叩きながら、リズムを刻む。
「クラシックは譜面通りに弾くのが美学だろ?でもジャズは逆。譜面から外れても、むしろそこからが本番ってくらい」
「……自由、ってことですか」
「そう。自由で、勝手で、でもお互いをちゃんと聴いてないと成立しない。ソロで暴走してても、ベースやドラムが支えてくれる。……一人きりじゃ成り立たないんだよ」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
さっきまでただ「難しい」としか思えなかったフレーズが、仲間に呼びかけるように響いているのが分かる気がした。
「……なんだか、不思議です。会話みたいですね」
「そうそう!」朔弥さんが嬉しそうに指を鳴らす。
「まさに会話だよ。音で喋って、音で笑って、時々ケンカもする。で、最後に“あぁ楽しかった”って終わる。……それがジャズ」
朔弥さんの楽しそうに語る声に、思わず胸の奥がふわっと温かくなるのを感じた。
「……素敵ですね」
朔弥さんはその瞳のきらめきを見て、満足げに頷く。
「そうやって聴いてくれる子が一人でもいるなら、俺らが演奏してきた意味もあるってもんだな」
カウンターの上で揺れる琥珀色のグラス。
その揺らぎに溶けるように、ジャズの旋律は夜へと溶けていった。
慣れない接客にも段々と余裕が出てきて、仕事自体は大体覚えられてきた気がする。
けれどーージャズのことは、まだまだ分からなかった。
閉店間際。
客が引けて静かになったジャズバーに、サックスの音色がスピーカーから静かに流れていた。
片付けの手を止め、ふと耳を傾ける。
「……やっぱり、ジャズって難しいです」
ぽつりと漏らした言葉に、朔弥さんが振り返った。
「難しい?どのへんが?」
「えっと……リズムとか、アドリブとか。なんだか自由すぎて、私にはよく分からないっていうか」
少し恥ずかしそうに肩をすくめると、朔弥さんはグラスを磨きながら、にやりと笑った。
「いいねぇ、その感想。大正解だよ」
「えっ……大正解?」
「ジャズってさ、正解がないんだ」
カウンターを指先で軽く叩きながら、リズムを刻む。
「クラシックは譜面通りに弾くのが美学だろ?でもジャズは逆。譜面から外れても、むしろそこからが本番ってくらい」
「……自由、ってことですか」
「そう。自由で、勝手で、でもお互いをちゃんと聴いてないと成立しない。ソロで暴走してても、ベースやドラムが支えてくれる。……一人きりじゃ成り立たないんだよ」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
さっきまでただ「難しい」としか思えなかったフレーズが、仲間に呼びかけるように響いているのが分かる気がした。
「……なんだか、不思議です。会話みたいですね」
「そうそう!」朔弥さんが嬉しそうに指を鳴らす。
「まさに会話だよ。音で喋って、音で笑って、時々ケンカもする。で、最後に“あぁ楽しかった”って終わる。……それがジャズ」
朔弥さんの楽しそうに語る声に、思わず胸の奥がふわっと温かくなるのを感じた。
「……素敵ですね」
朔弥さんはその瞳のきらめきを見て、満足げに頷く。
「そうやって聴いてくれる子が一人でもいるなら、俺らが演奏してきた意味もあるってもんだな」
カウンターの上で揺れる琥珀色のグラス。
その揺らぎに溶けるように、ジャズの旋律は夜へと溶けていった。