桜吹雪が舞う夜に
「……でも、本当にそんなにすごかったんですか?」
気づけば、口をついていた。自分でも少し震えているのがわかる。
「日向さんの、ピアノの成績って……?」

朔弥さんは、あっけらかんとした顔で肩をすくめた。
「え、知らなかったの? あいつ、東日本のジュニアコンクールで優勝してるよ。二回ほど」

「……っ」
言葉を失った。優勝。しかも二回も。
頭の中でその響きが何度も反芻されて、胸の奥を強く揺さぶる。

「全国では優勝まではいかなかったみたいだけどな。でも、課題曲のショパン……あれはすごかったなぁ。俺、会場で聴いてて鳥肌立ったもん」
懐かしそうに笑う朔弥さん。

ーーそんな過去があったなんて、一度も聞いたことがない。
私が知っている日向さんは、ただ真摯に患者に向き合う医師でしかなくて。
でも確かに、その人は、音楽の舞台でも輝いていたのだ。

胸の奥がじんと熱くなる。
「……すごい」
小さく零した声は、グラスに落ちた氷の音に掻き消された。
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