桜吹雪が舞う夜に
隣で朔弥さんが「なるほどな」と笑う。
「つまり、練習期間を与えれば弾いてくれるってことだ。……桜ちゃん、期待してていいんじゃない?」
「えっ……」
慌てて顔を上げると、日向さんは苛立たしげに舌打ちするような息を漏らした。
「……お前な。そういう言い方するな」
「だってさぁ。こいつ、家に置いてるんだよ。ファツィオリっていうイタリアの超一流メーカーのグランドピアノ。俺じゃ一生買えないようなやつ」
「……えっ」
またしても知らなかった事実に胸が揺れる。
日向さんは首を振り、低く否定した。
「……無理だ。もうあんな難しい曲は」
だけど、その言葉はどこか曖昧で。
私の心には、どうしても「いつか彼が聴かせてくれるかもしれない」という淡い期待が灯ってしまっていた。