桜吹雪が舞う夜に

桜の先輩 Hinata Side.

学会に向けて準備が進む中、どうしてもデータ入力に手が回らなかった俺は、学生向けにバイトを一人だけ募集することにした。
幸いにも、興味を持って手を挙げてくれる者はすぐに見つかり、三日ほど、午後から研究室の一角で作業を頼むことになった。

「医学部の男子」――事前にそう聞いてはいたが、約束の時間に扉をノックして現れたのは、まだあどけなさが残る顔立ちをした青年だった。
スーツではなく学生らしいシャツ姿。肩にかかる緊張が、ひと目で伝わってきた。おそらく、まだ二十歳そこそこだろう。

……もしかしたら桜の同期なのかもしれない。
そんな考えが、不意に胸をよぎった。

「医学科二年の、酒井遼です。よろしくお願いします」
姿勢を正して名乗る声は、思ったよりはっきりしている。

「あぁ……循環器内科の御崎日向です。よろしく」
頷きながら椅子を引き、用意していた資料を手渡す。

「早速なんだけど、作業の説明をしていいか。この紙に書いてあるデータを、ひたすらExcelに入力していってほしい」

「わかりました」
酒井は資料を受け取り、真剣な顔で目を通す。そして少しの間を置いてから、顔を上げた。

「……これって、何の研究、なんですか?」

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