桜吹雪が舞う夜に
数分ほど、カタカタとキーを叩く音だけが研究室に響いた。
酒井の指先はまだ探るように動いていたが、一つひとつの入力に慎重さがにじんでいる。
「……循環器、興味あるのか?」
俺は何気ない調子で口を開いた。
酒井は手を止め、驚いたように顔を上げた。
「あっ……はい。いや、その……心臓って、やっぱり一番大事な臓器じゃないですか。止まったら終わりだし」
「まぁ、そうだな」
俺は無意識に腕を組み、少し笑みを含ませる。
「でも、実際には“止まらせないようにするための臓器”だ。呼吸も腎臓も肝臓も全部が絡む。心臓だけ見てたら逆に危ない」
酒井は真剣に耳を傾け、再び画面に視線を戻した。
「……面白いですね。授業よりずっとリアルに感じます」
「現場はもっと泥臭いけどな」
俺は机の端に置いたコーヒーカップを手に取りながら、低く呟いた。