桜吹雪が舞う夜に
「……これから症例の検討会がある」
時計をちらりと見て、言葉を区切るように告げた。
「ごめん。行くよ。予定通り、18時になったら今日はもう勝手に帰ってくれていいから」
酒井がわずかに肩をすくめ、けれど真剣に頷く。
「……はい、わかりました」
その返事を聞きながら、胸の奥に小さな罪悪感が広がる。
本当なら、もっと質問にも答えてやりたい。興味を持ってくれている今を、しっかり導いてやりたい。
だが、時間は待ってはくれない。今日もまた、自分は研究と臨床の狭間に引き戻される。
扉を押し開ける瞬間、背中に彼の小さな声が追いかけてきた。
「……御崎先生、ありがとうございました」
振り返らずに軽く手を挙げただけで返す。
ーーこれ以上、余計な言葉を返したらいけない。
それが妙に胸に重くのしかかった。