桜吹雪が舞う夜に
ーー作業をお願いして3日目。
画面に映るExcelの表を一通り確認し、俺は心の中で小さく息を吐いた。
……間違いはない。計算も正確だ。三日間の作業で、思っていた以上に進んでいる。
「……うん。完璧。三日間ありがとう。助かった」
自然と声が柔らかくなる。
「いえ……勉強にもなりました」
酒井が少しほっとした顔を見せた。その表情に、素直なところがあるな、と感じる。
パソコンを閉じながら、ふと口をついて出た。
「ーー今日、この後は時間あるか?」
「え?」
酒井が驚いたようにこちらを見上げる。
「若手で集まって、症例の勉強会をやるんだ。覗いて行っていいよ」
軽い調子で言ったつもりだったが、声がわずかに柔らかくなっているのに自分でも気づいた。
「……いいんですか?」
目の奥に一瞬光が走った。
「もちろん。学生のうちからそういう場に顔を出しておいた方がいい。現場の雰囲気が分かるし、自分の将来の科を選ぶ参考にもなる」
「……ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる。その真剣さが、少し眩しかった。
俺は白衣の袖を整えながら、心の中で静かに思う。
ーー熱心なやつだな。努力すればきっと伸びる。
ただ、こういう学生は往々にして、失敗を恐れて息苦しくなる時期もある。……うまく誰かが支えてやれるといい。
軽く頷き返し、研究室を出るために歩き出した。