桜吹雪が舞う夜に
カンファレンスルームには、すでに数人の若手が集まっていた。
プロジェクターに心エコーの動画が映し出され、白衣姿の医師が前に立って発表を始めている。
「……症例は生後8か月、チアノーゼ性心疾患。診断はファロー四徴症。
右室肥大、VSDは膜性部に存在。PSは高度で、肺動脈弁のピーク圧較差は80mmHg以上……」
数字の羅列に、場の空気は静まり返っていた。
発表者の声には自信がなかった。次にどう展開するべきか、迷っているのが手に取るように分かる。
俺は静かに口を開いた。
「……動脈管の開存は? サチュレーションの推移はどうだった?」
「えっ……」
発表者が慌てて紙をめくる。
「……PDAは閉鎖していて、SaO₂は安静時で72%、啼泣時にはさらに低下しています」
「なるほど」
俺は頷き、端的に言葉を継いだ。
「ファロー四徴症では“チアノーゼ発作”が生命予後を大きく左右する。啼泣や運動で右左シャントが増悪する。輸液の調整、酸素投与、β遮断薬、必要ならモルヒネ……。初期対応を理解していないと救えない」
沈黙のあと、ふっと空気が動く。メモを取る音、ため息。
ようやく会が再び回り始めた。
横に座っていた酒井は、必死にノートに書き込みながら、目だけこちらに向けていた。
目が合うと、はっとしたように逸らす。
ーー分かる。俺も昔、同じように圧倒された。
優秀な先輩に、どうして自分はこんなに答えられないんだと悔しさを覚えた。
「……先生」
勉強会が一段落したあと、酒井が小声で呼んだ。
「今日だけで、自分の足りないところが山ほど見つかりました。……悔しいけど、すごく勉強になりました」
俺は少しだけ口元を緩めた。
「悔しいって思えるなら、伸びる余地があるってことだ」
酒井は真剣に頷いた。
その姿に、自分の学生時代の影を見て、懐かしい痛みのようなものが胸に広がった。
ーーあの頃と同じように、必死に食らいつこうとする者が、今もここにいる。
「お疲れさま。今日はよく頑張ったな」
そう言って肩を軽く叩くと、酒井の顔がぱっと明るくなった。