牧師の息子のエリート医師は、歳下医学生に理性が効かないほど夢中です。(旧題:桜吹雪が舞う夜に)


桜は息を呑み、けれど視線を逸らさない。
大きな瞳が揺れながらも、必死にこちらを見上げている。

心臓が鳴る音がやけに耳に残る。
俺は椅子を押しのけるように立ち上がり、無意識に一歩、彼女に近づいていた。

「ひ、日向さん……」
桜が小さく囁く。
その声は怯えよりも、期待に近い震えを帯びていた。

「帰したほうがいい」
理性はそう叫んでいた。
だが、ソファの上で彼女がわずかに肩を竦めて見上げてくる姿は、あまりにも無防備で。

気づけば俺は、彼女の前に腰を下ろし、カップを取り上げてテーブルに置いていた。
「……桜」
名を呼ぶ声が掠れる。

彼女の頬に指先が触れた。
柔らかい温もりに、もう後戻りできないことを悟る。

桜は一瞬目を閉じ、そして再び開いたときには、迷いを振り切るように小さく頷いた。

――触れていい。
そう言われた気がした。


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