桜吹雪が舞う夜に
頬に触れた指先が、思った以上に熱い。
その熱に押されるように、俺はわずかに身を屈めた。

「……桜」
名前を呼ぶと、彼女は小さく唇を噛み、瞳を閉じた。

――理性が最後の抵抗を試みる。
「駄目だ。これ以上は、まだ」

そう思ったはずなのに、唇が触れる寸前で止まることはできなかった。

ほんの一瞬、軽く触れただけのはずだった。
けれど桜の体がびくりと震え、細い指が俺のシャツを掴む。
それだけで、堰が切れたように胸の奥が熱に溢れていく。

「……っ」
思わずもう一度、確かめるように触れた。
今度は逃げずに、桜も小さく息を吐きながら受け入れてくれる。

柔らかい温もり。
一瞬の重なりが、永遠に残る印のように感じられた。

――理性なんて、最初から勝てる相手じゃなかった。

俺はそっと彼女を抱き寄せ、耳元で掠れる声を落とした。
「……もう少しだけ、このままでいいか」

桜は小さく頷き、肩に顔を埋めた。
その仕草に胸の奥が締めつけられ、ただ抱きしめる力を強めた。

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