桜吹雪が舞う夜に
しばらく沈黙が続いたあと、日向さんは静かにソファの隣を叩いた。
「座れ」
促されるまま腰を下ろすと、すぐ隣に彼の気配があることに心臓が跳ねる。距離はたった数十センチなのに、どうしてこんなに近く感じるんだろう。
「……怖いと思うのは、自然なことだよ」
日向さんの声は、驚くほど優しかった。
「俺だって、初めては怖かった。何をすればいいのか分からないし、相手を傷つけるんじゃないかって、ずっと不安だった」
思わず顔を上げる。
彼の目は真剣で、冗談なんかじゃないことが一瞬で伝わった。
「だから、無理にする必要なんかない。君が怖いなら、怖いって言ってくれていい」
彼がそっと私の指先に触れた。
強く握るでもなく、ただ温もりを伝えるように。
「その気持ちを隠さず言ってくれたのが、俺には嬉しい」
胸の奥で、張り詰めていたものが一気に解けていく。
「……日向さん」
名前を呼ぶ声が震えた。
「俺たちのペースでいい」
彼は静かに続ける。
「大事なのは、嫌じゃないって思えたときに、自然に一歩踏み出せることだ。俺は、急がない」
その言葉を聞いた瞬間、目の奥が熱くなった。
泣き出しそうになるのをこらえながら、彼の手をぎゅっと握り返す。
「……ありがとうございます」
彼はほんの少し笑って、私の髪を優しく撫でてくれた。
その仕草に、涙がこぼれそうになった。
ーーこの人となら。
怖いと思う自分も、いつかはきっと、変われるのかもしれない。