桜吹雪が舞う夜に

日向の場合 Hinata Side.

それ以来、桜と少しずつ関係を深められるように、自然に触れる時間を増やしていった。
手を重ね、抱きしめ、唇を重ねる。
ーーただ、それ以上の一歩は、思っていた以上に難しかった。

正直に言えば、この歳になって「処女を抱く」という経験はほとんどなかった。
だから余計に、どうしたらいいのか分からなかった。
分かっている。
桜はきっと「経験豊富で、落ち着いた大人の男」である俺を期待している。
少なくとも、その幻想を裏切りたくないと、どこかで必死に思っていた。

だが現実にはーー
ローションをたっぷりと使い、指先をそっと触れさせるだけで、彼女は苦しそうに眉を寄せる。

「……桜、力抜いて」

囁いても、肩に入った強張りは抜けない。
小さく漏れた呻き声が、胸の奥を鋭く切り裂いた。
きっと、微塵も「気持ちいい」なんて感覚はないのだろう。

一緒に気持ち良くなりたい。
彼女と喜びを分かち合いたい。
それなのに、なぜ俺はこんなふうに彼女を苦しめているんだろう。

「……無理しなくていい。少しずつ慣れていけばいい。最初から全部できるなんて、俺だって思ってない」
指先を止めて、耳元で静かに囁いた。
「……次、二本に増やしてもいいか」

舌先で優しく触れ、彼女の答えを待つ。
だが返ってきたのは、頷きではなかった。
怯えを隠しきれない瞳。

その一瞬で、理性より先に心が悲鳴をあげた。
……駄目だ。これ以上は。
続けたいと思えないのは、俺の方だった。

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