桜吹雪が舞う夜に
桜の場合 Sakura Side.
閉店後のジャズバー。
片付けを終えて、最後のグラスを棚に戻したところで、私はふと立ち止まってしまった。
「……桜ちゃん?どうした」
朔弥さんが不思議そうに声をかけてくる。
胸の奥で渦巻いていた思いを、どう言えばいいか迷って。
しばらく口ごもったあと、思わずぽつりと零した。
「……実は、ちょっとだけ……嫌になるんです」
「お?」
軽く眉を上げ、カウンター越しにこちらへ身を乗り出してくる。
「……日向さん、すごく気を使ってくれるんです。私が嫌がらないように、無理をさせないようにって……」
言葉を選びながら、私は両手をぎゅっと握りしめた。
「優しいのは、ちゃんと分かってるんです。でも……気を使われすぎてる気がして。……なんか、子供みたいに扱われてるみたいで」
自分の声が震えているのが分かる。
勇気を振り絞って、小さく息を吐き、耳まで熱くなりながら言葉を続けた。
「……本当は。もっと、強引でもいいのに」
「……ほぉ」
朔弥さんは手を止め、にやりと口元を上げた。
「まさかそのセリフが桜ちゃんの口から出るとはな。……日向が聞いたら、腰抜かすだろ」
「だ、だめです!絶対言わないでください!恥ずかしいから……!」
慌てて首を振る私に、彼はくすりと笑いながらも、真剣に頷いてくれた。
「言わねぇよ。でもな、それは本人に伝えていい気持ちだと思うぞ。……あいつ、律儀すぎて余計に空回りしてるからな」
胸の奥に隠していた気持ちをようやく外に出せて、肩の重さが少し軽くなった気がした。
カウンターの木目を指でなぞりながら、私は小さく頷いた。