桜吹雪が舞う夜に
間話 Suite.
閉店後のジャズバー。
片付けの手を止めた朔弥が、わざとらしく口角を上げて俺を見た。
「日向、さ」
「……なんだ」
「やることやったな?お前」
氷を掬う音が、静かなカウンターに響いた。
俺は一瞬、言葉を失う。こういう時、いつもなら軽く受け流すのが常だ。
けれど、不思議と今日は笑えなかった。
「……あ?」
「いや、なんかさ。お前、桜ちゃんに対して前より自然だよ。肩の力抜けてるっていうか。いい意味で気を遣わなくなった」
「……」
グラスを指先で回しながら、目を伏せる。
朔弥がさらに踏み込んでくる。
「で?どうだった。半年も待った一夜は」
いつもなら「黙れ」で終わらせる。
けれど、喉まで込み上げた言葉を、どうしても抑えきれなかった。
「……正直」
低く息を吐き出す。
「幸せだった」
朔弥が驚いたように目を見張る。
それでも俺は視線を逸らさず、言葉を続けた。
「今まで生きてきた中で、一番」
しばし沈黙が流れる。
やがて朔弥はふっと笑みを零し、グラスを棚に戻した。
「……お前がそこまで言うの、珍しいな」
「……そうかもな」
言葉にすればするほど胸が熱くなり、俺はグラスの水を飲み干した。