傲慢外交官との政略婚
第六章 予期せぬ再会
真壁からの《しばらく距離を置きましょう》というメッセージを最後に、二週間が過ぎた。
その間、彼からの連絡は一度もない。
私も送らなかった。
送れば、またあの冷たい視線と、曖昧な笑みを思い出してしまう気がしたからだ。
仕事に没頭すれば気が紛れるかと思ったが、現実は逆だった。
会議室で父や役員たちが外交関係の案件を話していると、自然と彼の名が出てくる。
そのたびに胸の奥がきゅっと縮む。
そんなある日、父から声がかかった。
「美桜、来週の国際経済フォーラムに出席してほしい。うちの会社の広報的な意味もある」
フォーラム――それは当然、外務省や国際機関の関係者も多く出席する場だ。
嫌な予感が、喉の奥で重く渦巻いた。
当日。
東京湾を望む大型コンベンションセンターは、朝から厳重な警備に包まれていた。
国内外の報道陣が出入りし、スーツ姿の人々が忙しなく行き交う。
登録カウンターで名札を受け取り、会場へ向かう。
――そこで、私は見てしまった。
壇上近くで関係者と話す真壁亮介の姿を。
二週間ぶりに見る彼は、相変わらず隙のないスーツ姿で、淡々と会話をこなしている。
表情は冷静そのもので、私が視界に入った様子はない。
その姿に安堵と落胆が同時に押し寄せた。
「気づかないでほしい」と「気づいてほしい」が、胸の奥でぶつかり合う。
基調講演が終わり、休憩時間に入った。
私は資料を手に取り、窓際でコーヒーを飲んでいた。
すると背後から低い声がした。
「お久しぶりですね」
振り向くと、そこに真壁が立っていた。
「……お仕事、お忙しそうですね」
「ええ。あなたも相変わらずお綺麗で」
形式的なやり取り。それだけで終わるはずだった。
けれど、彼はそのまま言った。
「この二週間、ずっと考えていました」
心臓が跳ねる。
「何を……?」
「僕は外交官として正しい距離を取ろうとしました。でも、それは間違いだった」
視線が真っ直ぐにぶつかる。
「距離を置いても、あなたのことを考える時間は減らなかった」
不意に、胸の奥で固まっていたものが揺らぐ。
でも、私はまだあの日の光景を忘れられない。
「……あの女性のことは?」
「何度も言いますが、ただの同僚です。それ以上でも以下でもない」
「でも、私には……」
「信じてもらえない」
彼は小さく苦笑した。
「外交官は嘘をつく職業だと思われがちですが、僕は、あなたには嘘をつきたくない」
その時、スタッフが近づき、彼に耳打ちした。
急な来賓対応が入ったらしい。
「少しだけ待っていてくれますか」
そう言って去っていく彼の背中を、私は目で追った。
数分後、会場の端で彼が外国人の男性と話す姿が見えた。
その隣に、またしてもあの女性がいる。
笑顔で彼の肩に手を置く仕草。
周囲の人々の視線がそこに集まる。
――やっぱり。
胸の奥に怒りと失望が同時に膨らみ、気づけば私はその場を離れていた。
コンベンションセンターの外に出ると、冷たい潮風が頬を打った。
歩道を急ぎ足で進む私の後ろから、名前を呼ぶ声が追ってくる。
「美桜!」
振り返ると、真壁が人混みをかき分けて走ってきた。
「なぜ帰るんです」
「見たからです。……また、あの人と」
「違います」
「何が違うんですか!」
思わず声が大きくなる。
周囲の人々がこちらを見るのも構わず、私は言葉をぶつけた。
「あなたの言葉を信じたい。でも、信じられないことばかり起こるんです」
「信じてほしいと、何度言えば――」
「じゃあ、どうして私じゃなく、あの人に笑うんですか!」
吐き出した瞬間、自分でも驚くほど涙がこぼれた。
真壁は一瞬ためらった後、私の肩を強く抱き寄せた。
「……あなたにだけ、笑ってるつもりだった」
耳元で落とされた低い声は、震えていた。
「信じさせてくれますか」
その問いに、私は返事をしなかった。
けれど、彼の腕を振りほどくこともできなかった。
その間、彼からの連絡は一度もない。
私も送らなかった。
送れば、またあの冷たい視線と、曖昧な笑みを思い出してしまう気がしたからだ。
仕事に没頭すれば気が紛れるかと思ったが、現実は逆だった。
会議室で父や役員たちが外交関係の案件を話していると、自然と彼の名が出てくる。
そのたびに胸の奥がきゅっと縮む。
そんなある日、父から声がかかった。
「美桜、来週の国際経済フォーラムに出席してほしい。うちの会社の広報的な意味もある」
フォーラム――それは当然、外務省や国際機関の関係者も多く出席する場だ。
嫌な予感が、喉の奥で重く渦巻いた。
当日。
東京湾を望む大型コンベンションセンターは、朝から厳重な警備に包まれていた。
国内外の報道陣が出入りし、スーツ姿の人々が忙しなく行き交う。
登録カウンターで名札を受け取り、会場へ向かう。
――そこで、私は見てしまった。
壇上近くで関係者と話す真壁亮介の姿を。
二週間ぶりに見る彼は、相変わらず隙のないスーツ姿で、淡々と会話をこなしている。
表情は冷静そのもので、私が視界に入った様子はない。
その姿に安堵と落胆が同時に押し寄せた。
「気づかないでほしい」と「気づいてほしい」が、胸の奥でぶつかり合う。
基調講演が終わり、休憩時間に入った。
私は資料を手に取り、窓際でコーヒーを飲んでいた。
すると背後から低い声がした。
「お久しぶりですね」
振り向くと、そこに真壁が立っていた。
「……お仕事、お忙しそうですね」
「ええ。あなたも相変わらずお綺麗で」
形式的なやり取り。それだけで終わるはずだった。
けれど、彼はそのまま言った。
「この二週間、ずっと考えていました」
心臓が跳ねる。
「何を……?」
「僕は外交官として正しい距離を取ろうとしました。でも、それは間違いだった」
視線が真っ直ぐにぶつかる。
「距離を置いても、あなたのことを考える時間は減らなかった」
不意に、胸の奥で固まっていたものが揺らぐ。
でも、私はまだあの日の光景を忘れられない。
「……あの女性のことは?」
「何度も言いますが、ただの同僚です。それ以上でも以下でもない」
「でも、私には……」
「信じてもらえない」
彼は小さく苦笑した。
「外交官は嘘をつく職業だと思われがちですが、僕は、あなたには嘘をつきたくない」
その時、スタッフが近づき、彼に耳打ちした。
急な来賓対応が入ったらしい。
「少しだけ待っていてくれますか」
そう言って去っていく彼の背中を、私は目で追った。
数分後、会場の端で彼が外国人の男性と話す姿が見えた。
その隣に、またしてもあの女性がいる。
笑顔で彼の肩に手を置く仕草。
周囲の人々の視線がそこに集まる。
――やっぱり。
胸の奥に怒りと失望が同時に膨らみ、気づけば私はその場を離れていた。
コンベンションセンターの外に出ると、冷たい潮風が頬を打った。
歩道を急ぎ足で進む私の後ろから、名前を呼ぶ声が追ってくる。
「美桜!」
振り返ると、真壁が人混みをかき分けて走ってきた。
「なぜ帰るんです」
「見たからです。……また、あの人と」
「違います」
「何が違うんですか!」
思わず声が大きくなる。
周囲の人々がこちらを見るのも構わず、私は言葉をぶつけた。
「あなたの言葉を信じたい。でも、信じられないことばかり起こるんです」
「信じてほしいと、何度言えば――」
「じゃあ、どうして私じゃなく、あの人に笑うんですか!」
吐き出した瞬間、自分でも驚くほど涙がこぼれた。
真壁は一瞬ためらった後、私の肩を強く抱き寄せた。
「……あなたにだけ、笑ってるつもりだった」
耳元で落とされた低い声は、震えていた。
「信じさせてくれますか」
その問いに、私は返事をしなかった。
けれど、彼の腕を振りほどくこともできなかった。