大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第141話 告白の翌日は、世界がいちいち眩しい(地獄の月曜日編)

 週明けの月曜日。

 朱里は出社のエレベーター前で、深呼吸を三回した。

(……別に、“付き合いましょう”って言ったわけじゃない。
 “好きです”って言い合っただけ。
 関係が変わったようで、変わってないようで……何この中途半端な立ち位置)

 自分で思い出して、勝手に心臓が忙しい。

 エレベーターが開く。

 中には──嵩がいた。

 週明け早々、イベント発生。

「おはよう、中谷さん」

 いつもと変わらない穏やかな声。

 でも、朱里の気持ちは変わらないままでいられる自信がない。

「お、おはようございます……」

 軽く会釈して乗り込む。

 二人きりのエレベーター。

 沈黙が降りる。

 心臓の音がうるさすぎて、壁に反響してそう。

「あの……」
 同時に声が重なった。

「あ、どうぞ」

「い、いえ、先に……!」

 揃って譲り合うとか、朝から難易度が高い。

 結局、嵩が先に口を開いた。

「金曜日のことだけど……その、変に距離を置くつもりはないよ。
 でも、無理に近づきすぎるつもりもない。……職場だから」

 あまりにも真面目で、その配慮が優しくて。

 ほっとするのに、胸が熱くなる。

「……ありがとうございます。
 私も、ちゃんと……落ち着いて向き合います」

 そう言った瞬間。

 エレベーターが開く。

「おはようございまー……」

 入り口で待っていた瑠奈と目が合った。

 一瞬の静寂。

 そして、瑠奈の視線が交互に往復する。

「……ふーん」

 その“ふーん”の威力が強すぎる。

 朱里のHPが朝からゴリゴリ削れる。

「おはようございます、中谷先輩、平田さん。
 ……なんか、距離感変わりました?」

「か、変わってません!」

「変えるつもりはないよ」

 答えが真逆になり、沈黙が生まれた。

 瑠奈は眉を寄せ、じっと朱里を見る。

「先輩」

「……なに?」

「ちゃんと、前見てくださいね。

 見ないなら、私が横から抜かしますから」

 宣戦布告の続き。

 その言葉は鋭いのに、どこか泣きそうな色があった。

 瑠奈は踵を返し、デスクへ向かっていく。

(……逃げないって言ったの、私だ。
 だったら、ちゃんと立ってないとダメだね)

 朱里は深く息を吸って、自席へ向かった。
昼休み。

 社内カフェでサンドイッチをかじりながら、朱里は天を仰ぐ。

(なんで恋愛って、こんなに仕事の集中力を持っていくの……?)

 そこへ再び声が降ってきた。

「……中谷さん」

「ひっ……!」

 驚きすぎて変な声が出た。

 嵩が少し困ったように笑う。

「仕事終わり、少し話せる?前みたいに……歩きながら」

「……はい。大丈夫です」

 返事をしながら、気づいた。

(あ、これ“また帰り道イベント発生フラグ”立ったやつ)

 言わなくてもいいのに、つい口にしてしまう。

「……あの、私、帰り道にイベント起こりがちですね」

 嵩は吹き出した。

「それ、俺も思ってた」

 ふたりで笑った。

 そんな時間が、嬉しいと思った。

そして夕方。

 定時を過ぎ、帰り支度。

 嵩が朱里の方へゆっくり歩み寄る。

「行こうか」

「……はい」

 立ち上がる朱里。

 一歩踏み出す。

 その瞬間。

「中谷さん、平田さん。少しよろしいですか?」

 田中美鈴が、淡々とした声で呼び止めた。

 会社で一番読めない空気を持つ女だ。

「お二人、最近仲が良いようですが……
 問題が起きないよう、ご配慮くださいね」

 その目は笑っていなかった。

 でも、責める色ではなかった。

「仕事に支障が出るようなら、私が止めます」

 警告にも、保護にも聞こえる言葉。

 朱里の背筋が伸びる。

「……大丈夫です。迷惑はかけません」

 はっきり答えた。

 自分の声で、自分の覚悟を確認するように。

 美鈴は頷き、立ち去った。

 そのあとで嵩が一言。

「……乗り越えるハードル、ちょっと増えたね」

「はい。でも……越えたいです」

 朱里がそう言った時。

 嵩の目が、ほんの少し柔らかくなった。

「行こう。逃げない帰り道へ」

 二人は並んで歩き出す。
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