大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

第177話 待つ、という選択

夜。

嵩は帰宅しても、ジャケットを脱げずにいた。

ソファに腰を下ろし、ネクタイを緩める。

部屋は静かで、時計の音だけがやけに大きい。

(……まだ、ちゃんとした言葉にならないけど)

朱里からのメッセージは、何度も読み返した。

短い。

曖昧。

でも──逃げていない。

スマホを伏せ、天井を見上げる。

(待たせてるのは、俺の方かもしれない)

転勤。

選択。

どちらを選んでも、朱里の時間を揺らす。

“ちゃんと話したい”

その一文に、胸が締めつけられた。

(……急がせないって言った)
(でも、待つって……どういうことだ)

待つ、は
何もしないことじゃない。

嵩は立ち上がり、キッチンへ向かう。

冷蔵庫を開け、何も取らずに閉める。

落ち着かない。

朱里の顔が浮かぶ。

怒った顔。

傷ついた顔。

それでも、逃げなかった昼の後ろ姿。

(彼女は、立ってる)

美鈴の声が、脳裏をよぎる。

“朱里は待ってるんじゃない。立ってるの”

──そうだ。

なら、自分も
ただ結果を出す人間でいてはいけない。

スマホを手に取り、返信画面を開く。

書いては消す。

《急がなくていい》
《俺は待つ》

それじゃ、足りない。
深く息を吸い、ゆっくり打つ。

《教えてくれてありがとう》
《言葉になるまで、時間がかかってもいい》 《その間、俺は逃げない》

送信。

少し間を置いて、続ける。

《転勤のことも》
《全部含めて》
《ちゃんと話せる場所、作ろう》

送信。

画面を閉じると、
胸の奥が少しだけ軽くなった。

(待つ、って……)
(覚悟がいるな)

ソファに戻り、背中を預ける。

逃げない。

急がせない。

でも、曖昧にしない。

それは、
“選ばせる”ことじゃない。

“一緒に決める”ための時間だ。

窓の外、夜風がカーテンを揺らす。

嵩は目を閉じた。

(朱里)
(言葉、待ってる)

そして、
自分が差し出す言葉も、
もう逃がさないと決めた夜だった。
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